揺れる決断
共和国中央庁舎・大会議室。
緊急招集を受けた各省の大臣たちが席に着いていた。
視察や地方出張へ出ている者もおり、全員が揃ったわけではない。
それでも、この件を先送りにすることはできなかった。会議室には重苦しい空気が漂う。
外務大臣が立ち上がった。
「それでは、現在判明している情報をご報告いたします」
外交電報の内容が読み上げられる。
続いて情報大臣が補足説明を行う。
「クーデター派は旧政府を制圧。現在、主要都市および軍施設を掌握しております。また共和国への帰属を希望する声明も既に発表されました」
各大臣がざわめく。
その声を聞きながら、私は机の上に置かれた資料を静かに開いていた。
ラインさんが届けてくれた、生産力調査。
チュコ国の資料だ。
「……」
工業地帯。製鉄所。機械工場。鉱山。鉄道網。
一つひとつ確認していく。
「そこそこの工業力ね……」
思わず小さく呟く。
元は共和国の前身である帝国の領土だった地域。文化も言葉も近く、同族も多い。
「ここが戻れば……」
共和国の生産力はさらに強化される。
軍需だけではない。民間工業も。雇用も。
輸出も。経済そのものが一段階成長する。
「他には……」
ページをめくった、その時だった。
私の指が止まる。
「……なっ!?」
思わず声が漏れる。
近くにいた財務大臣が驚いて顔を上げた。
「総統閣下?どうかなさいましたか?」
私は慌てて資料を閉じかける。
「い、いえ……何でもないわ」
「説明を続けてください」
「承知しました」
再び報告が始まる。
だが、その声はもう耳に入らない。
私は資料へ視線を戻した。
そこに書かれていた数字。
保有金塊 約九十トン。
「九十トン……」
小さく呟く。
頭の中で計算が始まる。
「これだけあれば……」
共和国が抱える隠れ負債。
長年、誰にも知られず抱えてきた重荷。
「あれを返済できる……」
しかも返済してなお資金が残る。
鉄道建設。道路整備。工場拡張。発電所。
教育。医療。投資へ回せる。
共和国の未来が、一気に開ける。
「でも……」
私は目を閉じた。
これは本来、チュコ国の財産だ。
私たちのものではない。
「だけど……」
今、その国自身が共和国への帰属を望んでいる。
帰属が認められれば、国家財産も共和国へ引き継がれる。
法的にも、おそらく問題はない。
それでも胸の奥がざわつく。
「私は……」
再び会議室へ視線を向ける。
外務大臣が何かを説明している。
情報大臣も資料を示している。
だが、その言葉は一つも頭へ入ってこない。
私の頭の中にあるのは、ただ一つ。
九十トンの金塊。
そして、共和国の未来。
「私は……どうすればいいの……」
その小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。




