突然の帰属宣言
総統府執務室――。
いつものように書類へ目を通していたベレのもとへ、秘書官が慌ただしく飛び込んできた。
「総統閣下!」
その慌てた様子に、ベレは顔を上げる。
「どうしたの?」
秘書官は一礼し、息を整えてから報告した。
「チュコ国で政変が発生した模様です」
「政変?」
「はい。首都で発生したクーデターはクーデター派が勝利し、旧政府は崩壊したとの情報が入りました」
ベレは目を丸くする。
「そう……。お隣さんも大変ね」
独り言のように呟く。
隣国とはいえ、元は共和国の前身である帝国から一部地域を巻き込み、独立した地域だ。
決して無関係ではない。
しかし、秘書官の表情はなおも硬い。
「それだけではありません」
「まだ何かあるの?」
「はい」
秘書官は手元の電報へ視線を落とした。
「クーデター派は、新政権樹立と同時に共和国への帰属を宣言しました」
「…………はい?」
ベレの思考が止まる。
「帰属?」
聞き間違いではないかと思い、聞き返す。
「はい。共和国への帰属を希望するとの声明を発表しております」
ベレは椅子にもたれ、大きく息を吐いた。
「ちょっと待って……」
頭の中を整理する。
「確かチュコ国は、帝国時代に我が国の一部だった地域よね?」
「その通りです」
「でも、独立して何年も経っているわ。それなのに……今さら共和国へ帰属?」
秘書官も困惑した表情を浮かべる。
「外務省も詳細を確認中とのことです」
ベレはしばらく黙り込む。
帰属を受け入れるべきなのか。
拒否するべきなのか?
それとも、まず真意を確認すべきなのか。
国家の未来を左右する判断だった。
やがてベレは立ち上がる。
「……駄目ね。これは私一人で決められる話じゃない」
秘書官へ視線を向ける。
「至急、大臣たちを招集して、緊急閣議を開くわ」
「はっ!」
秘書官は一礼すると、足早に執務室を後にした。
静まり返った部屋で、ベレは窓の外を見つめる。
「まさか……こんな形で領土が増えるなんて」
その表情に喜びはない。
あるのは、国家の未来を背負う者だけが抱く重い責任だった。
大臣たちの招集が始まる中、執務室の扉が再び叩かれた。
「総統閣下」
「どうぞ」
扉が開き、ラインが足早に入室する。
「総統」
軽く一礼したラインは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「遅れて申し訳ございません」
ベレは穏やかに微笑む。
「いいのよ、ラインさん。あなたも仕事をたくさん抱えているでしょう?」
ラインは小さく頷いた。
「私も先ほど、チュコ国の件を報告で知りました」
ベレは苦笑する。
「私もついさっきよ」
机の上に置かれた電報へ目を向ける。
「本当に、次から次へと色々なことが起こるものね」
「まったくです」
ラインも静かに同意した。
そして、手にしていた一冊の資料を机へ置く。
「以前、総統からご指示いただいていた各国の生産力調査ですが、一部がまとまりました」
ベレは資料へ視線を落とす。
「もう完成したの?」
「はい。周辺諸国を中心にまとめております」
ラインは一ページを開いた。
「もちろん、チュコ国についても記載しております。工業力、生産能力、主要資源、港湾施設など、判断材料になるかと」
ベレは資料を手に取り、静かに頷いた。
「ありがとう。ちょうど各大臣が集まるまで少し時間がありそうだから、その間に目を通しておくわ」
「お役に立てれば幸いです」
ラインは一礼する。
ベレは早速ページをめくり始めた。
そこには、チュコ国の工業地帯、鉱山、鉄道網、人口構成まで細かくまとめられていた。
「……随分と詳しく調べたのね」
思わず感心したように呟く。
ラインは表情を変えずに答えた。
「万が一に備えた基礎資料です。何が起きても対応できるよう、普段から整理しておく必要がありますので」
「そうね」
ベレは小さく頷く。
「その備えが、こんなに早く役立つとは思わなかったけれど」
静かな執務室には、資料をめくる音だけが響いていた。




