想定外の帰属
三日後――。
共和国親衛隊本部。
ラインの元へ、一通の極秘報告書が届けられた。送り主は、チュコ国で活動しているヴィルだった。
ラインは封を切り、小さく笑う。
「さて……うまくいったのかしら?」
最初の一文を見た瞬間、口元が緩む。
『元政府転覆。クーデター派勝利』
「ふふふ……やるじゃないか」
思わず声が漏れる。
まさか、ここまで短期間で政権を奪取するとは思っていなかった。
だが、その笑みは次の一文で止まった。
『なお、クーデター派は共和国への帰属を希望』
「……はぁ?」
思考が止まる。
数秒後。
「ま、待て待て……」
ラインは報告書を読み返す。
見間違いではない。
本当に帰属を希望している。
「想定外だが……」
彼女は椅子へ深く腰掛ける。
「いや……これは悪くない」
もし受け入れれば、港湾、工場、鉱山。
税収も人口も共和国へ加わる。
戦わずして国土が広がる。
「これは総統へ――」
そこまで口にした瞬間、ラインの動きが止まった。
「……いや。不味い」
ゆっくりと首を振る。
「私が知っているはずのない情報だ」
正式な外交文書も届いていない。
情報省の正式報告でもない。
今この内容を知っている理由を説明できない。
「落ち着け……私」
深呼吸を繰り返す。
「まずは正式報告を待つ」
そう自分へ言い聞かせる。
しかし胸の高鳴りは収まらなかった。
「帰属が実現すれば……」
共和国はさらに大きくなる。
資源も産業も手に入る。備蓄の金も手に入る。
「ヴィルのやつ……」
思わず苦笑する。
「凄いな。あんな短期間でここまでやるとは」
その時だった。
ラインの表情が固まる。
「……待て」
何かがおかしい。
「もし、こんなに簡単に政府を倒せるなら……」
共和国は?自分たちの国は?
「……っ!」
ラインは勢いよく立ち上がった。
「反政府勢力が現れれば……共和国も同じことをされる?」
背筋を冷たいものが走る。
「私の馬鹿……」
額へ手を当てる。
「何で、一番最初にそこへ気付かなかった……!」
自分は成功ばかり見ていた。
しかし、成功したということは同じ手法が、自国にも通用するという証明でもある。
「しかも……」
ラインは窓の外を見つめる。
「これが成功すれば、共和国は二か国目になる」
戦争をせずに勢力を広げる前例。
それは共和国にとって大きな利益である一方で、他国にも警戒される理由となる。
「……急いで対策を考えなければ」
ラインは深く息を吐いた。
勝利の報告を受けたはずなのに、その胸を満たしていたのは喜びではなく、新たな脅威への危機感だった。
ラインは勢いよく椅子から立ち上がった。
「幹部を至急――」
そこまで叫びかけて、言葉が止まる。
「……いや」
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
「落ち着け、私」
頭の中を整理する。
「まずは総統へ報告……」
そう口にした瞬間、再び首を振った。
「それも駄目だ」
まだ正式な外交使節は到着していない。
外務省からの報告も。情報省からの正式な分析も。何一つ届いていない。
そんな状況で、私だけがこの情報を知っているのは不自然すぎるし、危険性を話しても、今の段階だと、ピンと来ないだろ。
「ヴィルからの極秘報告だなんて、説明できるわけがない……」
ラインは額に手を当て、小さく唸る。
「先走るな。正式な情報が来るまで待つんだ」
何度も自分へ言い聞かせる。
そして机の上へ視線を落とした。
そこには、総統から依頼されていた資料が積まれていた。
各国の工業力、生産能力、資源量、輸送網。
共和国周辺諸国をまとめた分析資料だった。
「あっ……」
ラインは小さく声を漏らす。
「そうだった。これを総統へ届ける約束だった」
一瞬、自分で届けようかと考えたが、すぐに首を横へ振る。
「いや……今の私が会えば、余計なことを口走りそうだ」
苦笑しながらベルを鳴らす。
秘書が静かに入室した。
「この資料を総統閣下へ届けてくれ」
「はい」
「各国の生産力をまとめた資料だと伝えてくれればいい」
「承知しました」
秘書は丁寧に一礼し、資料を抱えて部屋を後にした。
総統府執務室。
「総統閣下」
秘書官が一冊の資料を机へ置く。
「ライン長官の秘書の方から、お預かりしました」
ベレは顔を上げる。
「ラインさんから?」
「はい。各国の生産力をまとめた資料とのことです」
ベレは表紙を見つめ、小さく頷いた。
「ありがとう」
秘書官が退室すると、ベレは資料を手に取る。
「ふふっ」
自然と笑みが浮かぶ。
「ラインさんも忙しそうね」
そう呟きながら、ベレはゆっくりと最初のページを開いた。
その資料が、数日後の共和国の運命を左右することになるとは、この時のベレはまだ知る由もなかった。




