揺れる信念
総統府執務室。
ベレの机には、新たに届いた外務省からの報告書が並べられていた。
秘書官が一枚ずつ内容を説明する。
「串国の軍閥政権より正式な発注書が届きました」
ベレは書類へ視線を落とす。
「内容は?」
「小銃、機関銃、砲弾、各種弾薬に加え、一号戦車の購入を希望しております」
「……一号戦車まで」
「はい。代金も前払いで支払う意思を示しております」
ベレは静かに頷いた。
「これで少しは財政も楽になるわね」
しかし、その表情は晴れない。
「ですが、まだ国家予算を支えるには程遠い額であります」
「そうよね……」
共和国は復興の途上だった。
工場は増え始めたとはいえ、道路や鉄道、港湾、住宅建設など、必要な投資は山ほど残っている。
しかも隠れ負債の件。これは一部の者しか知られてはいない。
更に言えば、国家を立て直すには、まだまだ資金が足りなかった。
秘書官は次の書類を差し出した。
「こちらはフィン国からです」
「何かしら?」
「対戦車砲の大量購入を希望しております。砲弾も含め、かなりの数量です」
ベレは思わず目を見開く。
「そんなに?」
「はい。シア国との国境警備を強化したいとのことです」
「距離も近いし、輸送もしやすいわね」
「船を利用すれば短期間で引き渡し可能です」
「なるほど……」
書類を閉じると、部屋は静けさに包まれた。
ベレは椅子にもたれ、大きく息を吐く。
「はぁ……」
誰も言葉を発しない。
やがてベレは小さく呟いた。
「昔の私なら……」
視線は窓の外へ向く。
「武器なんて、一つも売りたくなかった」
戦争を止めたかった。
人が死ぬ道具など、この世から無くなればいい。そう、本気で思っていた。
それなのに――。
「今の私は、その武器を世界中へ売ろうとしている」
自嘲するように笑う。
「皮肉なものね」
机の上の発注書へ目を落とす。
今、この場で署名を拒否することもできる。
武器輸出を止めることもできる。
それは総統である私の権限だった。
しかし――。
「止めたら……」
共和国は外貨を失う。
工場は止まり、失業者は増え、復興計画も頓挫する。
やがて国そのものが立ち行かなくなるだろう。
「そうなれば、この国で暮らす人たちの生活は……」
ベレはゆっくりと目を閉じた。
長い沈黙の末、小さく息を吐く。
「……なら」
静かにペンを手に取る。
「せめて、この武器が共和国を守る未来へ繋がることを信じるしかないわね」
その声は決して力強くはなかった。
理想を諦めたわけではない。
だが、理想だけでは国は救えない。
その現実を、ベレは誰よりも理解していた。
窓の外では、復興が進む街から工場の汽笛が響いていた。
その音は、新しい共和国が歩み続けるための鼓動のように、静かに鳴り続けていた。




