鉄の進化
「ラインさんの勧めですか?」
総統執務室でベレは予定表を見ながら首を傾げた。
「はい」
秘書官が頷く。
「軍の装備をご覧いただきたいとのことです。串国から兵器購入の打診も来ておりますので、総統にも陸軍装備への理解を深めていただきたいと」
ベレは苦笑する。
「確かに、売る側が何も知らないというのも問題ね。今日は勉強しましょうか」
数時間後。
共和国陸軍演習場。
広大な敷地には、多くの兵士や整備兵が慌ただしく動き回っていた。
その中央には、一両の小型戦車が静かに停車している。
陸軍将校が敬礼した。
「総統閣下。こちらが今回量産に成功した一号戦車であります」
ベレはゆっくりと車体を見回した。
「思っていたより小さいのね」
「はい」
「本車両の武装は七・九二ミリ機関銃一挺のみ。本来の目的は実戦ではなく、戦車製造技術の確立と、戦車兵の育成であります」
ベレは納得したように頷く。
「つまり、まずは戦車という兵器を作れるようになることが目的なのね」
「その通りであります」
将校は隣に置かれた図面を広げた。
「そして、こちらが現在試作中の二号戦車です」
図面には新しい砲塔が描かれていた。
「武装は二十ミリ機関砲一門と、七・九二ミリ機関銃一挺。装甲も一号戦車より強化しております」
ベレは図面を見ながら頷く。
「なるほど。一号戦車で得た技術を基に、火力と防御力を向上させたということね」
「はい。さらに三号戦車では三十七ミリ砲の搭載を予定しております。三十七ミリ砲は既に対戦車砲として量産が始まり、各部隊への配備も進んでおります。戦車にも同じ砲を搭載する計画です」
「さらに火力を高めるわけね」
ベレは図面を閉じると、将校たちを見渡した。
「戦車そのものは素晴らしいわ。でも、戦車だけでは戦えない」
将校たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「砲兵との連携、歩兵との協同、燃料や弾薬を運ぶ補給部隊、故障した戦車を回収する整備部隊、そして、それらを運ぶトラック。全てが揃って初めて、戦車は力を発揮する兵器よ」
演習場が静まり返る。
一人の将校が感心したように口を開いた。
「はい。その点も心得ております」
ベレは微笑む。
「兵器は一つでは勝てない。戦うのは軍隊であって、戦車ではないもの」
その言葉に、将校たちは深く頷いた。
共和国の陸軍は、新たな時代へ向けて静かに歩み始めていた。
将校は演習場の奥へ歩き出した。
「総統閣下、こちらをご覧ください」
ベレの前には二門の火砲が並べられていた。
「こちらが一〇五ミリ野砲。そして、こちらが一五〇ミリ野砲であります」
大きな砲身を見上げながら、ベレは静かに頷く。
「支援砲ということね」
「はい」
「主に歩兵部隊への火力支援を目的としております」
ベレは砲架や車輪をじっくり眺める。
「これは、どうやって運ぶの?」
将校はすぐに答えた。
「通常は馬による牽引、もしくは大型トラックでの牽引であります」
「なるほど……」
ベレは少し考え込む。
「これより大きな砲はあるの?」
「現在、一七〇ミリ砲を開発中であります。完成すれば、より長距離からの砲撃が可能になります」
その言葉を聞き、ベレは腕を組んだ。
「でしたら……」
将校たちが一斉に視線を向ける。
「牽引するのではなく、車両そのものに砲を載せることはできないかしら?」
一瞬、周囲が静まり返った。
「車両……そのものに?」
「はい。もちろん、製造費が高くなることは分かっているわ。でも、砲を降ろして設置する手間がなくなれば、移動してすぐ射撃できる。陣地転換も早くなるでしょうし、敵の反撃を受ける前に移動できるかもしれない」
将校たちは互いに顔を見合わせる。
そんな発想は誰も口にしたことがなかった。
ベレは苦笑しながら肩をすくめる。
「全部をそうする必要はないと思うわ。でも、そういう兵器があっても面白いんじゃないかしら?発想の一つとして検討してみて」
しばらく沈黙していた将校が、力強く敬礼する。
「はっ!研究部へ直ちに提案いたします」
ベレは小さく頷いた。
「新しい兵器は、新しい発想から生まれるものだから」




