反政府組織
チュコ共和国。
先の大戦終結後、共和国から一部地方から切り離される形で誕生した新興国家。
共和国有数の工業地帯を抱え、豊かな国になると期待されていた。
しかし、その現実は理想とは程遠かった。
世界恐慌の影響は未だ色濃く残り、工場は次々と操業を停止。
職を失った労働者が街に溢れ、失業者は日に日に増えていた。
「仕事はあるか?」
「今日も駄目だった……」
そんな声が、街のあちこちから聞こえてくる。
夜。
街外れの古びた倉庫。
数人の男たちが周囲を警戒しながら、一人の男を中へ案内した。
男は旅人のような服装をしている。
もちろん、それは偽装だった。
共和国親衛隊の潜入工作員である。
「……ここまで来れば大丈夫だ」
倉庫の奥には十数人の男女が集まっていた。
その中心に立つ壮年の男が口を開く。
「初めて見る顔だな」
潜入工作員は軽く頭を下げた。
「国境近くの村から流れてきた。仕事も土地も失った。ここなら仲間がいると聞いた」
男はしばらくその顔を見つめ、小さく頷く。
「歓迎しよう。ここに集まっているのは、皆この国に見捨てられた者たちだ」
粗末な椅子へ腰を下ろすと、自然と国への不満が語られ始める。
「政府は何もしない。議員は自分の懐ばかり肥やしている。汚職事件が報道されても、途中で捜査は打ち切りだ。証拠が消えた、担当者が異動した……毎回その繰り返しだ」
別の男が鼻で笑う。
「結局、偉い奴は誰も捕まらない。捕まるのは俺たち庶民だけだ」
潜入工作員は静かに耳を傾ける。
表情は変えない。
ただ、一言一句を記憶していた。
さらに話題は経済へ移る。
「世界恐慌は終わったと言われている。だが、この国はまだ終わっちゃいない。工場は閉まり、賃金は下がる一方だ。若者は仕事を求めて国外へ逃げる。残るのは老人と失業者ばかりだ」
誰かが机を叩く。
「この国は終わっている」
倉庫の空気が重く沈んだ。
潜入工作員は静かに周囲を見渡す。
彼らの言葉に嘘は感じられない。
これは誰かに作られた怒りではない。
日々の生活から生まれた、本物の不満だった。
想像以上だ……
共和国で受けた報告以上に、チュコ共和国の内情は深刻だった。
反政府組織は、思想だけで集まっているのではない。生きるために集まっている。
潜入工作員は改めて確信する。
この国は、外からではなく、内側から崩れ始めているのだと。
まずは、反政府組織のリーダーが静かに立ち上がった。
「今日は、お前たちに紹介したい人物がいる」
倉庫の中が静まり返る。
「残念だが、正体も名前も明かすことはできない。だが、この国の未来を左右する男だ」
リーダーは奥へ向かって声を掛けた。
「入ってくれ」
暗がりから、一人の中年男性が姿を現す。
質素な服装だが、どこか威厳が漂っている。
男は集まった者たちを見渡し、静かに口を開いた。
「近いうちに、この国の政府はひっくり返る」
その一言だけで、倉庫の空気が張り詰めた。
「私は、そのために動いている。詳しいことは話せない。だが、成功すれば、この国は大きく変わる」
潜入工作員は表情を変えず、その言葉を聞いていた。
政府が倒れる……?そこまで計画が進んでいたのか?
想像以上だった。
単なる反政府組織ではない。
既に政権交代を視野に入れた動きが始まっている。
リーダーが口を開く。
「実は、この男とは以前から何度も話し合ってきた。現政権を倒す算段はできている。だが、その後の国づくりがまとまらん。だから今日は、お前たちの知恵も借りたい」
倉庫のあちこちから意見が飛ぶ。
「議会制を続けるべきだ」
「いや、大統領制だ」
「まずは治安を回復させるのが先だ」
「経済を立て直さなければ意味がない」
潜入工作員は静かに周囲を見渡した。
皆、本気で国を変えようとしている。
ならば……ここで一つ、流れを作ってみるか?
彼は遠慮がちに手を挙げた。
「あの……今日来たばかりの新参者ですが、一つ意見を言ってもいいでしょうか?」
リーダーは頷く。
「構わん」
潜入工作員は少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「話を聞いていると、新しい政府を作ろうとしているようですが……」
「そうだ」
「それだけ意見がまとまらないのであれば……いっそ、トリアみたいに合流するという選択肢はないのでしょうか……?」
倉庫が静まり返る。
誰も予想していなかった提案だった。
やがて、一人の男が呟く。
「……その手もあるか」
別の者も腕を組む。
「確かに、今は景気が良いと聞く」
「工業も復活しているらしい」
「少なくとも、今の政府よりは希望がある」
一つの意見をきっかけに、議論はゆっくりと新たな方向へ動き始めた。
その様子を見つめながら、潜入工作員は心の中だけで呟く。
最初の一石は投じた。あとは、この流れがどこまで広がるかだ。




