講和条約
数日後。
新聞は再び一面を大きく飾っていた。
私は朝食もそこそこに紙面を広げる。
見出しは予想していたものだった。
『講和条約締結』
『新政府、連合国との合意を発表』
私は静かに記事を読み進める。
内容は予想以上に厳しかった。
領土割譲。海外植民地の放棄。
軍備制限。莫大な賠償金。
帝国軍の大幅縮小。海軍艦艇の引き渡し。
読み進めるほど表情が険しくなる。
「これは……」
思わず新聞を机へ置いた。
私はゆっくり息を吐く。
「思ったより厳しいわね」
もちろん私は、この国の財政を全て知っている訳ではない。
国家予算も。外貨準備も。工業生産力も。
何一つ正確な数字は持っていない。
それでも分かる。この条件は重い。
あまりにも重い。
私は紙へ書き出す。
賠償金。軍縮。領土喪失。植民地喪失。
一つずつなら耐えられるかもしれない。
だが全部同時だ。産業は縮小する。
失業者は増える。税収は減る。
それなのに賠償金は払い続けなければならない。
私は目を閉じた。
前世でも見てきた。
敗戦国は戦争が終わっても苦しみ続ける。
だからこそ政治は不安定になりやすい。
人々は怒りの矛先を探す。
過激な思想が広がる。
強い指導者を求める。
それが新たな争いを生む。
「これでは国内が不安定になる……」
自然と声が漏れた。
私は再び新聞へ目を落とす。
その時だった。
紙面の片隅に、小さな年表が載っていることに気付く。
戦争の経過。主要な出来事。
その中の一行で、私の手が止まった。
『ルーキ軍港反乱』
「……え?」
私はその文字を見つめる。
もう一度読む。間違いない。
ルーキ軍港。
私は立ち上がる。急いで地図を広げる。
ルーキ軍港。
新聞。年表。
頭の中で何かが繋がる。
「ちょっと待って……」
私は思わず呟く。
「軍港で水兵の反乱……?」
前世の記憶が蘇る。
戦争末期。海軍。水兵。反乱。
そして帝国崩壊。
「そんな馬鹿な……」
私は首を振る。
偶然かもしれない。名前が似ているだけ。
出来事が似ているだけ。
それだけだ。
だがあまりにも重なり過ぎている。
私は壁の地図を見つめる。
以前から感じていた違和感。
ヨーロッパによく似た地形。
帝国の位置。戦争の経過。
そして今回の講和条約。
全部が少しずつ似ている。
完全に同じではない。
しかし似ている。
「たまたま……?」
自分に言い聞かせるように呟く。
「それとも……」
そこから先が続かない。
もし、もし本当に歴史まで似ているのなら。
この国の未来も、ある程度予測できることになる。だがそんな都合の良い話があるのだろうか?
私はゆっくり椅子へ腰を下ろした。
まだ結論は出せない。
いや出してはいけない。
外交官として何度も学んだ。
似ていることと、同じであることは違う。
思い込みほど危険なものはない。
だから今は決めつけない。
ただ一つだけ確かなことがある。
私は静かに新聞を閉じた。
「もし、この先まで似ているのなら……」
その言葉は誰にも聞こえなかった。
だが胸の奥では、小さな警鐘が鳴り続けていた。これから始まるのは復興だけではない。
新たな時代の混乱なのだと。




