最初の命令
共和国親衛隊本部。
深夜にもかかわらず、会議室には十数名の幹部が集められていた。
ラインは机の上に広げられたチュコ共和国の地図を見渡す。
「これより第一段階に入る」
部屋の空気が張り詰めた。
「目標はチュコ共和国。だが、まだ何も仕掛けるな」
幹部たちは黙って耳を傾ける。
「まずは情報だ」
ラインは一枚ずつ資料を配っていく。
「反政府勢力を調査しろ。政権へ不満を持つ政治家、労働組合、学生組織……全て洗い出せ」
「新聞社、記者、出版社。世論を動かせる人間も調べろ。軍内部の派閥、警察幹部、官僚組織の対立もだ」
一人の幹部が尋ねる。
「協力者がいない場合は?」
ラインは即座に答えた。
「作れ!人間には必ず弱点がある。金、地位、女、男、家族、借金、思想、嫉妬……何でもいい」
「利用できるものは全て利用しろ」
部屋は静まり返る。
ラインは一人一人の顔を見渡した。
「だが、一つだけ絶対条件がある。工作員は一人も共和国人だと悟られるな。現地人だけで動かせ。失敗した者は……共和国とは無関係だ」
全員が静かに敬礼した。
「了解」
ラインは地図へ目を落とす。
「共和国の未来のためだ!準備を始めろ!」
同じ頃。
総統官邸。
ベレは机いっぱいに積まれた書類へ目を通していた。
財務省。中央銀行。商工省。
朝から各省庁の責任者を呼び続けている。
「財務省は?」
秘書官が答えた。
「旧政府の担当者へ再度事情聴取しましたが……全員、知らぬ存ぜぬです。当時の大臣も『引き継ぎを受けていない』と」
ベレは小さく息を吐いた。
「中央銀行は?」
「返済方法を検討中です。各国からの借入れ、国債発行、保有資産の売却など、あらゆる案を精査しております」
「商工省は?」
「短期間で外貨を稼げる産業がないか調査しております」
しかし、返ってくる答えはどれも決定打ではない。
ベレは窓の外を眺めた。
共和国は今、急速な工業化を進めている。
道路。鉄道。工場。発電所。
どれも数年後には莫大な利益を生む。
だからこそ投資した。
だからこそ国民も耐えてくれた。
だが——
「時間がない……」
半年。長いようで短い。
今必要なのは、五年後の利益ではない。
半年後の三十トンだった。
「どこかから借りられれば……」
そこまで口にして、ベレは首を振る。
「駄目ね。この話が外へ漏れた瞬間、共和国の信用は終わる」
市場は敏感だ。
『共和国は返済に困っている』
その噂だけで国債は売られ、通貨は暴落し、銀行から預金が引き出される。
最悪の場合、取り付け騒ぎさえ起きかねない。
ベレは深く椅子にもたれた。
「はぁ……」
静かな執務室に、小さなため息だけが響いた。




