新たな一歩
総統官邸。
朝の執務中だった。
勢いよく扉が開き、ラインが駆け込んでくる。
「総統!情報省から緊急報告です!」
ベレは思わず顔を上げた。
「今度は何!?」
ラインは興奮を抑えながら報告する。
「連合国が、トリア国の共和国への帰属を正式に承認しました!」
一瞬、執務室の空気が止まる。
「……え?本当に?」
「はい!」
「正式な外交文書で確認しております」
ベレは椅子から立ち上がった。
「よく認めたわね……」
あれほど慎重だった連合国が、まさか承認するとは思っていなかった。
ラインは周囲を確認すると、声を少し落とした。
「ここからは情報省の極秘分析です。どうやら各連合国は、これまでトリア国へ多額の資金を貸し付けていたようです。しかし政権崩壊により、回収の見込みが極めて低くなったため……損失をこれ以上広げない判断ではないか、と分析しております」
ベレは目を丸くした。
「そんな理由で?」
ラインは静かに首を横へ振る。
「分析に過ぎません。真実は各国首脳しか知りません」
ベレは深く息を吐いた。
「そうね。憶測で決めつけるのは良くないわ。理由が何であれ、正式に承認された。それが事実ね」
ラインも頷く。
「はい」
ベレは腕を組みながら考える。
「となると……連合国から何か話が来るのかしら?」
「どうでしょう?今回の帰属は、あくまでトリア側が表明した意思です。共和国から要求した形ではありません。何も言ってこない可能性もあります」
ベレは苦笑した。
「何だか……押し付けられたような、そうでもないような、不思議な気分ね」
しばらく考えたあと、表情を引き締める。
「ラインさん」
「はい」
「正式に治安部隊を編成してください。そして、トリア……いえ」
ベレは少し考え直した。
「これからは『トリア地方』と呼びましょう。そのトリア地方へ派遣してください」
ラインはすぐにメモを取る。
「目的は治安維持ですね」
「ええ。政権が変わった直後は、どうしても混乱が起きるもの。略奪や私刑が始まれば、一番苦しむのは一般市民よ」
「承知しました」
「必要最小限の兵力で秩序維持に当たります」
「お願い」
ベレは続けた。
「それと、こちらからも発信しましょう。トリア地方の皆さんへ共和国は、皆さんを歓迎します、と」
ラインは微笑む。
「ラジオ放送ですね」
「ええ」
「それと記者会見も開きましょう。宣伝省にも連絡を」
ラインはすぐに返事をした。
「ゼフ・ゲッペル宣伝相へ伝達いたします」
「よろしくお願いします」
ラインが部屋を出ると、ベレは一人、小さく笑った。
「ヘルムさんの資料を見て任命したけど……何というか、堅苦しい人なのよね」
書類も演説原稿も、無駄がない。
感情より論理。
そんな印象だった。
「でも」
ベレは窓の外を見る。
「国営ラジオを任せてから、ラジオの普及は一気に進んだ。放送内容も評判がいいし。きっと、その分野の才能は本物なんでしょうね」
政治家にも、技術者にも、それぞれ得意不得意がある。
だからこそ、適材適所が大切なのだと、ベレは改めて感じていた。
窓の外では、共和国放送協会の電波塔が朝日に照らされていた。
その電波は今日、新たに共和国の一員となったトリア地方にも届く。
「ようこそ、共和国へ」
ベレは静かにそう呟いた。
九二六年 春
トリア国は、建国から僅か八年で歴史の幕を閉じた。




