故郷への想い
総統官邸。
ラインが新たな報告書を持って執務室へ入った。
「総統。トリア国への支援準備が整いつつあります」
ベレは頷く。
「報告をお願い」
ラインは資料を読み上げる。
「武器弾薬、医療品、食料品につきましては、共和国軍の備蓄より抽出を開始しました。輸送についても準備を進めています」
「そう」
ベレは静かに頷く。
「それと、義勇軍についてですが……」
ラインは少し驚いたような表情を見せた。
「密かに募集を行ったところ、約八百名が志願しました」
「八百人も?」
ベレは目を見開く。
「はい。想定を大きく上回る人数です」
ベレは報告書へ目を通す。
年齢。所属部隊。経歴。
そして、その多くに共通する項目があった。
出身地 トリア地方
ベレは静かに呟く。
「こんなに……」
ラインも頷く。
「思っていた以上に、トリア出身者が軍へ残っていました」
「理由を聞いたの?」
「はい」
ラインは一枚の聞き取り記録を差し出した。
そこには、一人ひとりの想いが記されていた。
『両親がまだ向こうにいます』
『妹と離れ離れになったままです』
『故郷の友人が心配です』
『祖父母の安否を知りたい』
ベレは静かにページをめくる。
どの記録にも共通していたのは、「故郷へ帰りたい」という想いだった。
ラインが続ける。
「国境が引かれた日、一夜にして故郷が外国になりました」
「仕事で共和国側へ来ていた者」
「軍務で離れていた者」
「留学していた者」
「様々な事情で、そのまま戻れなくなったそうです」
ベレは小さく息を吐く。
「ある日突然、故郷が他国になる……」
前世では、紛争地域、ニュースや歴史の本でしか見たことがなかった。流石に国境が引き直された事は、無かった。
しかし、この世界では、それを実際に経験した人たちが目の前にいる。
「今は帰れるの?」
ラインは首を横に振る。
「正式には可能ですが、査証や通行許可が必要です。事実上、自由には帰れません」
「そう……」
ベレは窓の外へ目を向けた。
故郷は、そこにある。
歩けば数日で着く距離。
それなのに、国境一本で帰れなくなる。
家族にも会えない。
「辛かったでしょうね……」
ラインは静かに答える。
「はい。それでも皆、共和国軍人として任務を続けてきました」
ベレは再び志願者名簿を見る。
「この人たちは、戦いたいから志願したんじゃない。故郷を守りたいのね」
「そのようです」
しばらく沈黙が続いた。
やがてベレは静かに口を開く。
「特にトリア出身者を優先に編成を」
ラインは頷く。
「承知しております」
「可能な限り本人たちの希望は尊重してください。そして……」
ベレは真剣な表情になる。
「これは復讐のための派遣ではありません。故郷と家族を守るための任務です。そのことを全員へ伝えてください」
「はっ!」
ラインは力強く敬礼した。
共和国軍に集まった八百人。
その多くは、故郷を失った人々だった。
武器を持つ理由は憎しみではない。
もう一度、大切な人たちと笑って暮らせる日を取り戻すため。
その想いを胸に、義勇軍の準備は静かに進められていくのだった。




