答えのない決断
総統官邸。
代表団との会談を終えたベレは、一人執務室へ戻っていた。
窓の外では、夕日が共和国の街並みを赤く染めている。
机の上には、先ほど署名した支援計画書。
武器弾薬。医薬品。食料。
そして、義勇軍として派遣される人員。
ベレは書類を見つめながら、小さく呟いた。
「恐らく……向こうからの要請という形なら、輸送物資も人員も問題なく国境を越えられるはず」
共和国軍が正式に出兵するわけではない。
あくまで義勇軍。
物資も公式輸送ではなく、相手側の要請に応じた支援という形を取る。
法的な問題も慎重に検討した。
それでも――。
「本当に、これで良かったのかな……」
ベレは椅子へ深く腰掛けた。
ふと、記憶が蘇る。
父、グラウベと交わした会話。
『ベレ』
『人は上に立てば立つほど、納得できる判断ができなくなる』
『どちらを選んでも、誰かが傷付く』
『だから最後は、自分で責任を背負って決めるしかない』
当時のベレは、その言葉の意味をよく理解していなかった。
「お父様……本当に、その通りだったのね」
ベレは苦笑する。
「まさか、こんな大規模な判断を迫られるなんて……」
静かな執務室。
誰もいない部屋で、ベレは天井を見上げた。
「前世の政治家も……こんな判断を、毎日のようにしていたの?」
現場で見た政治家。
国会で議論する姿。外国との交渉。
戦争や紛争への対応。
当時の自分は、そばで見ているだけだった。
「あの人たちは判断が遅い」
「もっとこうすればいいのに」
そんなふうに思ったこともあった。
だが、今なら分かる。
「私は……近くでそれを見ていただけだった」
「知った気になっていただけだったんだ」
実際に決断する立場になって初めて、その重さを知った。
一つの判断で国の未来が変わる。
多くの人の命が左右される。
ベレはゆっくりと目を閉じた。
「今回の判断も……合っているかは分からない」
義勇軍を送ることが正しかったのか。
武器を送るべきだったのか。
もっと別の方法があったのか。
誰にも分からない。だからこそ。
「後悔しないように」
「その後も、最後まで責任を持たないとね」
ベレは立ち上がり、窓の外へ目を向ける。
夕焼けに染まる共和国。
工場の煙突。走る列車。
道路を走る国産自動車。
守りたかったのは、この国だった。
そして、苦しむ元同胞もまた、守りたかった。
「答えなんて、きっと誰も持っていない。だから私は、その時に一番良いと思った道を選び続ける」
そう静かに呟くと、ベレは新たな書類へ手を伸ばした。
総統である限り、迷いは消えない。
それでも、立ち止まることだけは許されなかった。




