揺れる隣国
総統官邸。午後。
ラインは執務室で一通の電報を静かに解読していた。
送り主は、トリア国へ潜入しているヴィル。
一見すれば何の変哲もない通常電報。
しかし、二人だけが知る暗号で書かれていた。
ラインはゆっくりと解読を進める。
『活動は順調』
『市民は反政府へ傾いている』
『介入されたし』
ラインは電報を閉じ、小さく息を吐いた。
「……来たわね」
ここまでは予定通りだが、ここから先は共和国そのものの判断になる。
「さて……総統に話すとするか」
ラインは電報を手に総統執務室へ向かった。
「トリア国より?」
ベレが書類から顔を上げる。
「はい」
ラインは頷いた。
「トリア国の市民代表が、我が国へ支援を要請しております。代表団も既に共和国へ到着しております」
ベレは少し考える。
トリア国。
前世の知識ではない。この世界で調べた歴史では、かつて共和国と同じ国だった一部地域が独立し、現在のトリア国になった。
民族も文化も近い。
だからこそ、今でも共和国へ親近感を持つ人々が少なくない。
ベレは机を指で軽く叩く。
トントン。
「……一応、話は聞きましょう」
「承知しました」
しばらくして代表団が応接室へ案内された。
代表者が深く頭を下げる。
「はじめまして、総統閣下。本日は、お時間をいただきありがとうございます」
ベレも軽く会釈を返した。
「どうぞ、お掛けください」
席に着くと、代表者は前置きを省いて本題へ入る。
「話は単純です。共和国軍の兵力を貸していただきたい」
ベレの表情が引き締まる。
代表者は続ける。
「それが難しいのであれば、武器や弾薬だけでも、ご支援いただけないでしょうか?」
部屋が静まり返る。
内容は単純だった。
しかし、その意味は決して単純ではない。
共和国軍が介入すれば、国際問題になりかねない。
武器を渡すだけでも、他国から軍事介入と受け取られる可能性がある。
代表者は必死に訴える。
「現在の政府は、我々元同胞を不当に弾圧しております。多くの市民が苦しんでいます。共和国だけが頼りなのです」
ベレは静かに目を閉じた。
元同胞。
その言葉が胸に重く響く。
さらに情報省の報告では、共和国への帰属を望む住民も少なくないという。
しかし――。
感情だけで決められる話ではない。
ベレはゆっくりと口を開いた。
「お気持ちは理解しました。ですが、この場で直ちにお答えすることはできません」
代表者は黙って頷く。
「二、三日、お時間をいただけますか?共和国として慎重に検討します」
代表者は再び深く頭を下げた。
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いいたします」
代表団が退室し、応接室にはベレとラインだけが残った。
ベレは大きく息を吐く。
「ふぅ……いくら私が戦争を避けようとしても、こうやって話が来ることもあるのね」
ラインも静かに頷いた。
「元同胞ですから共和国への帰属を望む方々もいるのでしょう」
ベレは窓の外を見つめる。
助けたい。
その気持ちはある。だが、助け方を間違えれば、新たな戦争の火種になってしまう。
「さて……」
ベレは小さく呟いた。
「私は、どうするんだろう」
共和国は初めて、「平和を守ること」と「元同胞を守ること」の間で、大きな選択を迫られることになった。




