国民車と分割払い
総統官邸。
ラインが一枚の報告書を手に、執務室へ入ってきた。
「総統。国産自動車の量産工場が完成しました」
ベレは顔を上げる。
「おおー!ついに!」
以前、フェル・ポルシュが完成させた国民車。
丸みを帯びた車体。家族で乗れる大きさ。
壊れにくく。壊れても直しやすい。
その国民車を大量生産するための工場が、ついに完成したのだ。
「見に行く!」
「やはり、そうおっしゃると思いました」
ラインは苦笑した。
数日後。
ベレは完成した自動車工場を訪れていた。
「おおー……」
巨大な工場。
その中では、何台もの車体がゆっくりと移動している。
最初は骨組みだけ。タイヤが付けられ。
そこへ部品が取り付けられ。
エンジンが載せられ。
最後に塗装された車体が完成する。
一台。また一台。
次々と自動車が完成していく。
ベレは目を輝かせた。
「凄い!ちゃんと流れ作業になってる!」
フェル・ポルシュが頷く。
「はい。一台ずつ最初から最後まで作るより、作業を分けた方が効率が良いのです」
「これなら、たくさん作れるわね!」
「はい」
フェルは笑顔で答えた。
しかし。すぐに表情を曇らせる。
「ですが、総統。一つ問題があります」
ベレの笑顔が止まる。
「……何?」
「大量生産によって価格は下げられました。ですが、それでも――」
フェルは完成した国民車を見る。
「一般の国民が一括で購入するには、まだ高すぎます」
「……」
ベレも車を見る。
確かに安くなったとはいえ、自動車だ。
普通の労働者が、給料だけですぐに買えるものではない。
「作れるようになったのに……買えない?」
「はい」
ベレは腕を組む。
「うーむ……」
せっかく大量生産できる。
高速道路も完成した。
でも車を買える人が少なければ、車社会は広がらない。
「一括で買えないなら……」
「分割払いは?」
フェルが首を傾げる。
「分割払い?とは?」
ベレは説明する。
「例えば、自動車を買う人が最初に頭金を払う。残った金額は、毎月少しずつ払うんです」
フェルは少し考える。
「しかし、それでは販売店が代金を受け取るまで、何年もかかります。それは困るでしょう?」
「はい」
「そこで、郵便口座!」
フェルが首を傾げる。
「郵便口座ですか?」
「そう!販売店には、郵便局が車の代金をまとめて支払います。だから販売店は、すぐに全額を受け取れる」
フェルは頷く。
「なるほど」
ベレは続ける。
「そして郵便局は、車を買った人から毎月少しずつ返してもらう。車の代金と、少しの金利を。毎月、郵便口座から自動で引き落とせばいいんです!」
フェルは驚いた表情を浮かべる。
「つまり……購入者は、最初に全額を用意する必要がない」
「そう!販売店は?」
「すぐに全額を受け取れる」
「郵便局は?」
「金利を受け取る」
フェルはしばらく考えた後、笑みを浮かべた。
「面白い仕組みですね」
「でしょう?」
ベレも嬉しそうに笑う。
その後、政府。郵便局。自動車会社。販売店。
それぞれの担当者による話し合いが始まった。
頭金。返済期間。金利。毎月の支払額。
誰でも無条件に買える訳ではない。
収入を確認し、無理なく返せる人に限る。
それでもこれまで一部の富裕層しか買えなかった自動車が、少しずつ、普通の家庭にも手が届くものになり始めた。
数か月後。
共和国初の自動車分割払い制度が始まった。
郵便口座から、毎月自動的に代金が引き落とされる。
工場からは、次々と国民車が出荷されていく。
そして、完成した第一号高速道路。
以前は車の姿もまばらだった広い道路を。
少しずつ、国産自動車が走り始めた。
ベレはその光景を見ながら、小さく笑った。
「道路を先に作っておいて、良かったでしょう?」
ラインも頷く。
「はい。少しずつですが、総統の言っていた車社会が始まっていますね」
ベレは高速道路を走る丸い国民車を見つめる。
「うん。まだ始まったばかり。でも、いつか普通の家族が、自分たちの車で好きな場所へ行ける国になればいいわね」
国民車。高速道路。そして郵便口座。
別々に作られた制度と産業が。
今、一つにつながり始めていた。




