ランス国の沈黙
総統官邸。
ベレは机の上に置かれた報告書を見つめていた。
ルー地方。
国境付近で発生した、多数の発砲音。
あれから何日も経っている。
しかし――。
「まだ分からないの?」
ラインは静かに首を横に振る。
「はい。ランス国政府から正式な説明はありません。外交ルートでも問い合わせを続けていますが、明確な回答を避けております」
ベレは頬杖をつく。
「演習だったのか?誤射だったのか?本当に何か起きていたのか……?」
何も分からない。だからこそ。
不気味だった。
「こっちは、こっちで気になるのよね……」
ベレは窓の外を眺める。
共和国は、あの発砲事件をきっかけに軍備を大きく動かした。
一号戦車の国内生産。空軍の創設。
軍人追放令の廃止。航空機開発の再開。
それなのに、原因を作ったはずのランス国は沈黙したままだった。
「何なのよ……本当に……」
その時、執務室の扉が開く。
「総統」
ヘルムが一冊の報告書を持って入ってきた。
「情報省より、ランス国について新たな報告だ」
ベレはすぐに顔を上げる。
「発砲事件について?」
「いえ。別件だな。」
ヘルムは机の上へ資料を広げた。
「ランス国が、共和国との国境付近に大規模な防衛線を建設していることが判明したぞ」
ベレは目を瞬かせる。
「防衛線?」
「はい」
「長距離にわたる、非常に大規模なものだ」
「名称は――」
ヘルムは資料を確認する。
「本気線」
ベレは固まった。
「……本気線?」
「必ずここで敵の攻撃を止める。その思想から名付けられた防衛線とのことだそうだ」
ベレは思わず立ち上がる。
「え!?まだ、うちが攻め込むと思ってるの!?」
ヘルムは静かに頷いた。
「そのようだな。ランス国政府及び軍上層部は、共和国による報復攻撃を警戒しているものと思われる。まだまだ完成には程遠いようだ」
ベレは頭を抱えた。
「何でよ……私は何度も攻めないって言ってるでしょう……」
ラインが苦笑する。
「ランス国から見れば、共和国は急速に再軍備を進めていますから」
「戦車の生産、空軍の創設、軍人の復帰、警戒する理由は十分にあるかと」
ベレは言葉に詰まる。
「……それは、まあ……元は、そっちからでしょうが……!」
しばらく考えた後。
ベレは椅子へ座り直した。
「まあ、良いわ。防衛線なんでしょう?」
「はい」
「なら、こっちに攻めて来ないでしょう」
ヘルムとラインが顔を見合わせる。
「恐らくは」
「じゃあ、放っておきましょう」
ベレは報告書を机の端へ置いた。
「向こうが壁を作りたいなら、好きなだけ作ればいいわ。こちらから越える気なんてないもの。むしろ、そのお金を国民の生活に使えばいいのに……」
小さくため息を吐く。
しかし発砲事件の真相は、依然として分からない。
ランス国は何も説明しない。
その一方で、国境には巨大な防衛線が築かれ始めている。
ベレは再び地図へ目を落とした。
「……本当に」
「何を考えてるのかしら」
ランス国の沈黙は、どんな言葉よりも、不気味だった。




