一歩ずつ
共和国。
かつて静まり返っていた軍の施設に、次々と人が戻ってきていた。
元陸軍士官。元海軍士官。元飛行士。
整備士。通信兵。軍医。兵站担当者。
前政権によって軍を追放されていた者たちが、審査を経て次々と共和国軍へ復帰を果たしていた。
そして――長い間、存在そのものを禁じられていた空軍にも、人が集まり始めていた。
共和国空軍創設準備本部。
一人の老人が、受付へ書類を差し出す。
「元戦闘機乗りだ」
受付担当者が驚く。
「飛行経験は?」
老人は少し笑った。
「先の戦争で、千時間以上飛んだ」
その隣では、別の男が書類を差し出す。
「元整備士です。航空機のエンジンなら任せてください」
さらに。
「元爆撃機乗りです」
「航空通信を担当していました」
「飛行学校で教官をしていました」
次々と人が集まってくる。
空軍を失ってから、長い年月が過ぎていた。
それでも空を忘れていない者たちは、共和国中に残っていた。
数日後。総統官邸。
ベレは空軍創設準備本部から届いた報告書を眺めていた。
「元飛行士……整備士……教官……通信員……」
「思っていたより集まったわね」
ラインも頷く。
「先の戦争で経験を積んだ者が、かなり残っておりました」
「空軍の創設には十分な人数かと」
ベレは少し考える。
「人材は、これで足りそうかな?ひとまずは、これでいいか?」
ラインが尋ねる。
「さらに募集を拡大しますか?」
ベレは首を横に振った。
「いいえ。焦らない一歩ずつ。いきなり大きな空軍を作っても、飛行機がないもの」
ラインは思わず笑う。
「確かにそうですね」
「まずは人を集める!次に組織を作る!飛行機が完成したら、少しずつ配備する!焦って大きくしても、混乱するだけよ」
ベレは報告書へ了承の署名をする。
こうして。
長い間、地図の上から消えていた共和国空軍が、正式に創設された。
まだ飛行機は少ないし、部隊も小さい。
しかし飛行士がいる。整備士がいる。
教官がいる。空を知る人々が戻ってきた。
共和国は再び、自分たちの空を守る準備を始めたのだった。
その日の午後。
ベレは一人、机の上の書類を整理していた。
「んー……」
経済。
「順調」
軍備。
「まあ……順調?」
情報部。
「正式に格上げした」
外交。
「まあまあ良い感じ……だと思う」
ベレは指を折りながら、一つずつ確認する。
「他には……」
産業。鉄道。道路。医療。教育。農業。
科学技術。
「うーん……」
ベレは椅子へ深く座り込んだ。
「何か忘れている気がするのよね」
ラインが書類を持って部屋へ入ってくる。
「総統。何を考えているのですか?」
ベレは真剣な表情で答えた。
「共和国に、他に足りないもの」
ラインは少し考える。
「かなり整ってきたと思いますが」
「そうなのよね……」
ベレは再び天井を見上げる。
「でも、こういう時が一番怖いのよ。順調だと思った時に、だいたい何か起きるから」
ラインは苦笑する。
「総統は心配性ですね」
「平和なら、それが一番よ」
ベレは机の上に積まれた書類を見る。
「焦らず、一歩ずつ。足りないものを見つけたら、その時に作ればいい」
共和国は急速に変わっていた。
だがベレは、ようやく気付き始めていた。
国を作ることに、終わりはない。
一つ問題を解決すれば、また次の問題が現れる。だからこそ。焦らず、一歩ずつ進む。
それが、今の共和国に必要なことだった。




