帝国最後の日
新聞が届かなかった日から、三日が過ぎた。
屋敷の中は重苦しい空気に包まれている。
商人もほとんど来ない。郵便も止まったまま。
誰もが何かを待っていた。
そして四日目の朝。
屋敷の門の外から馬車の音が聞こえた。
「新聞です!」
使用人の声が廊下に響く。
私は思わず立ち上がった。ようやく届いた。
侍女が慌ただしく新聞を抱えて書庫へ入ってくる。
「お嬢様……」
その顔色は青ざめていた。
私は新聞を受け取る。
そして一面を見た瞬間、静かに息を飲んだ。
九一八年 冬
シュタール帝国崩壊。臨時政府樹立。
全軍へ停戦命令。連合国との降伏文書調印へ
私は何も言わず記事を読み進めた。
皇帝退位。臨時政府発足。
全軍へ戦闘停止命令。各戦線へ停戦命令。
講和交渉開始。
数日前まで「勝利目前」と書いていた新聞とは、まるで別の世界だった。
「……やっぱり」
その一言だけが漏れた。
驚きはなかった。
新聞。市場。配給。騒擾。軍港。首都。
全てがこの結末へ向かっていた。
ただ、それが現実になっただけだった。
その時だった。
廊下から小さな泣き声が聞こえる。
私は新聞を閉じ、部屋を出た。
居間には、母が座っていた。
新聞を胸に抱え、静かに涙を流している。
侍女も目元を押さえていた。
執事は新聞を握り締めたまま俯いている。
屋敷の中が静まり返っていた。
誰も声を上げて泣かない。
だからこそ、その沈黙が重かった。
妹だけが戸惑っている。
「お母様……?」
母は涙を拭おうとした。
だが止まらない。
「終わったのよ……」
震える声だった。
「私達の帝国が……」
執事が小さく呟く。
「百年以上続いた帝国が……」
その声にも力はなかった。
私はその様子を見つめる。
前世でも見た光景だった。
国家が終わる日。
人は家を失う前に、心の拠り所を失う。
帝国は国だった。歴史だった。誇りだった。
その全てが、一枚の新聞で終わりを告げた。
妹はまだ理解できないらしい。
「帝国がなくなるって……どういうこと?」
誰も答えられなかった。
答えられる人がいない。
母は娘を抱き締めるだけだった。
私は窓の外を見る。
景色は昨日と何も変わらない。
屋敷も。庭も。空も。鳥の鳴き声も。
それなのに、今日から、この国は別の国になった。私は新聞を開き、最後の一文を読む。
『新政府は講和条約締結後、新たな国家体制の構築を進める予定である』
静かに新聞を閉じる。
戦争は終わる。
だが、それで平和が始まるわけではない。
むしろ、本当に苦しいのはここからだ。
賠償。失業。食料不足。政治の混乱。
社会の分断。
私は前世で、その全てを見てきた。
だから分かる。戦争は終わった。
しかし――敗戦国の戦いは、今始まったばかりだった。




