統制
数日後。総統官邸。
ラインが一冊の報告書をベレの机へ置いた。
「総統。シア国について、外務省と情報部から追加報告です」
ベレはすぐに資料を手に取る。
「新しい指導者について?」
「はい」
「シフ・タリン政権は、次々と新しい政策を発表しております」
ベレは資料を読み進める。
工場の国家管理。主要産業への政府介入。
農業生産の統制。流通への国家関与。
ベレの表情が徐々に曇っていく。
「……やっぱり似てる」
ラインが首を傾げる。
「何がですか?」
「何でもないわ」
ベレは椅子の背もたれへ深く身体を預けた。
似ている。やっぱり。私がいた世界の歴史に。
だとしたら――。
ベレは突然、両手で頭を抱えた。
「思い出せ……」
ラインが目を瞬かせる。
「総統?」
「私の脳みその片隅にある記憶!思い出せ!」
「うーん……」
「うーん……」
「うーん……」
ラインは困ったようにベレを見つめる。
その様子を少し離れた場所で見ていた職員が、小声で尋ねた。
「総統閣下は……一体、何をしているんですか?」
ラインは慣れた様子で答える。
「たまにああなるのよね。でも大体、その後にとんでもない発想が出てくるのよね……」
職員は苦笑する。
「あはは……大事じゃないと良いんですが……」
その頃。
ベレは必死に前世の記憶を掘り起こしていた。
確か?始まったのは……。
「一九三九年の後半だったような……」
ラインが反応する。
「何がですか?」
「独り言!」
「はい……」
ベレは再び考え込む。
確か?こっちから仕掛けてそれから……。
後から別の国が参戦して。
挟み撃ち?
そんな感じだったような……。
「でも今は、私から仕掛ける気はない。なら、それは起こらない」
ベレは少し安心する。
しかし、すぐに別の疑問が浮かんだ。
「……待って」
そもそも。なぜ、あの二つの国は攻め込んだ?
理由は?領土?条約?安全保障?資源?
ベレはさらに頭を抱える。
「うーん……」
「うーん……」
「うーん……!」
ラインたちは静かに見守っている。
そして、ベレは突然、机へ突っ伏した。
「そこまで知らんがなー!!」
執務室に大きな声が響いた。
ラインたちは思わず顔を見合わせる。
「……今日は発想、出ませんでしたね」
「ええ……」
ベレは机に突っ伏したまま、小さく呟いた。
「こんなことなら……歴史の授業、もっと真面目に聞いておけばよかった……」
しかし。
笑い話で済ませられる問題ではなかった。
シア国は確実に変わり始めている。
そしてベレの曖昧な記憶が正しければ――。
世界は、彼女が最も望まない方向へ、少しずつ近づき始めているのかもしれなかった。




