未来への布石
総統官邸。
博覧会が終わり、ようやく執務室にも静けさが戻っていた。
ベレは机の上に積まれた報告書へ目を通し、小さく微笑む。
「無事に終わったわね」
ラインも頷く。
「はい。世界各国からも高い評価をいただきました。共和国の技術力と復興を十分にアピールできたと思います」
ベレは窓の外を眺める。
「これで終わり……じゃないのよね。次の準備をしなきゃ」
そう言うと、一枚の地図を机へ広げた。
共和国全土の道路網だった。
「忘れそうになっていたわ。高速道路計画も進めないと」
ラインは少し驚く。
「高速道路ですか?」
「ええ。今は鉄道が物流の中心。でも、いずれ車の時代が来るわ。その時になってから道路を造っていたら遅いもの」
地図へ一本の線を引く。
首都から各主要都市へ。
さらに港や工業地帯まで。
「まずは主要都市を結びましょう。将来を見据えた道路を造ります」
ラインは感心したように頷いた。
「何十年先まで考えておられるのですね」
ベレは苦笑する。
「未来への投資だからね」
そう言って次の書類を手に取ると表紙には大きく書かれていた。
『共和国情報部 組織改編案』
「情報部?」
ラインが説明する。
「ヘルムさんから正式な格上げ要請です」
ベレは資料を読み始める。
そこには新しい組織案が記されていた。
・暗号班
・通信傍受班
・海外情報班
しばらく読み進めた後、ベレは静かに頷く。
「うーむ……確かに、そのとおりね。情報は武器よ。軍事だけじゃない。外交にも使える。各国の大使館との連携や、海外情勢の分析にも欠かせないわ」
ラインも同意する。
「現在の体制では人手が足りません」
ベレは資料へ赤ペンを走らせた。
「了承!人員も大幅に増やしましょう。優秀な人材も積極的に育成してください」
ラインはさらに尋ねる。
「責任者はどうされますか?」
ベレは迷うことなく答えた。
「もちろんヘルムさんよ!情報部は軍とも外交とも密接に関わる組織になる。全体を統括できるのは、ヘルムさんしかいないわ」
「ヴィルには引き続き海外で活動してもらいましょう」
「現場経験は、彼の方が豊富だから」
ラインは納得したように頷く。
「確かに、その体制が最も適任ですね」
ベレは笑みを浮かべる。
「ヘルムさんが情報部全体を指揮し、ヴィルが海外工作や現地活動を担う。これで情報網は一気に強化できるわ」
その日のうちに正式な辞令が作成された。
共和国情報部初代長官――ヘルム。
そして海外情報班の現地責任者――ヴィル。
共和国は高速道路という未来への道を築くと同時に、目には見えない「情報」という新たな力も、国家を支える柱として育て始めた。
更に、ラインが一通の極秘電報の報告。
「総統。シア国の共同研究所から報告です」
ベレは書類を受け取る。
「何か進展があったの?」
ラインは静かに頷いた。
「はい。一号型戦車の試作開発が完了したとのことです」
ベレは思わず目を見開く。
「もう、そこまで進んだの?」
「はい。現在は試験走行と各種データの収集を進めております」
ベレは設計図と写真に目を通す。
まだ試作段階ではあるが、履帯や車体は形になっていた。
しばらく考えた後、ゆっくりと口を開く。
「うーむ……でも、まだ共和国国内では生産できないわね」
ラインも頷く。
「工場設備も、まだ十分とは言えません」
ベレは資料を閉じる。
「焦る必要はないわ。今は技術を蓄える時期」
「将来のために、二号型、三号型の基礎研究を続けてもらいましょう」
「設計思想や装甲、足回り、エンジンなど、今のうちに知識を積み重ねてください」
ラインはメモを取りながら答えた。
「研究継続、と」
「ええ。量産できる環境が整った時、一気に前へ進めるよう準備だけは進めておきましょう」
「承知しました」
ラインは続いて別の書類を差し出した。
「それと、こちらは私からの提案です」
表紙には、
『親衛隊増強計画』
と書かれていた。
ベレは資料を読み進める。
「人員の増強……装備の更新……通信能力の強化……」
ラインが説明する。
「共和国の発展に伴い、総統官邸や重要施設の警備対象も増えております。現状の親衛隊では対応が難しくなりつつあります」
ベレは静かに頷いた。
「確かにそうね。国が大きくなれば、それだけ守るものも増える。親衛隊も、それに合わせて強くしなければならないわね」
赤ペンを手に取り、提案書へ一言書き込む。
『了承』
ラインは敬礼した。
「ありがとうございます」
ベレは微笑む。
「ただし、親衛隊も国民に恐れられる組織ではなく、信頼される組織であってほしい。規律と責任を忘れないよう教育も徹底してください」
「承知しました」
共和国では、表では復興と発展が進み、裏では未来に備える準備が静かに積み重ねられていた。
国を守る力とは、武器だけではない。
技術を育て、人を育て、そして未来へ備えること。
ベレは、その一歩一歩を着実に進めていくのだった。




