もう一つの人生
……寒い。いや、違う。
身体が動かない。指先に力が入らない。
頭が重い。
何か熱いものが額を伝い、首筋へ流れていく。
……血か。
そう思った。
砲撃を受けた。避難民をかばった。
あの爆発で、私は――そこまで考えたところで、意識が途切れる。
どれくらい時間が経ったのだろう。
耳元で、誰かの声が聞こえた。
「お嬢様! お嬢様!」
……お嬢様?
誰のことだ。
「しっかりしてください、お嬢様!」
ずいぶんと必死な声だ。
それにしても、お嬢様とは?
私は四十を過ぎた外交官だ。
独身だし、貴族でもない。
お嬢様なんて呼ばれる人生ではなかった。
……私のことじゃないだろ。
そう思った。
だが、肩を揺すられる感覚。
頬に触れる手。
どう考えても、呼ばれているのは私だった。
いやいや、待って?
こんなおばさん捕まえて、お嬢様って?
そんなに私、若く見えた?
冗談を考えられるくらいには、意識は戻ってきたらしい。だが、口が動かない。
目も開かない。指一本動かせない。
まるで身体そのものが、自分のものではないようだった。
「お医者様を! 早くお医者様を!」
慌ただしく走る足音。
何人もの声。泣いている女性もいる。
ここは……病院?
いや、違う?消毒液の匂いがしない。
代わりに、木の香りと暖炉の煤の匂いが鼻をくすぐる。
こんな場所、私は知らない。
その時だった。
誰かが、私の小さな手を握った。
……小さな?
違和感に、意識が一気に覚醒する。
小さい……?
私の手は、こんなに小さかっただろうか――。




