軍港炎上
首都の不穏な空気を感じてから数日。
私はいつものように朝食を終え、新聞へ手を伸ばした。
最近は新聞を開く前から嫌な予感がする。
そして大抵、その予感は当たる。
私は一面を見た。そして固まった。
『ルーキ軍港にて大規模騒擾発生』
『一部艦艇に火災』
『政府、事態は管理下と発表』
私は記事を最後まで読んだ。
そしてもう一度読む。さらにもう一度。
内容を整理する。
水兵による命令拒否。港湾労働者の同調。
一部施設への放火。艦艇火災。軍警察出動。
死傷者発生。
「騒擾……?」
私は苦笑した。
この規模を騒擾と呼ぶのか。
前回の記事ならまだ分かる。
だが今回は違う。軍港施設が燃えている。
死傷者も出ている。
もはや小さな騒ぎではない。
私は地図を広げる。
ルーキ軍港。帝国最大級の軍港。
海軍の重要拠点。
貿易港。補給基地。造船施設。
その全てを抱えている。
そんな場所で火災が起きた。
しかも軍内部で。
「まずいわね……」
自然と言葉が漏れる。非常にまずい。
軍隊の命令系統に問題が起きている。
しかも海軍。
そして今度は労働者まで巻き込んでいる。
記事の内容が事実なら事態は前回より遥かに深刻だ。
私は別の記事へ目を移す。
すると小さく載っていた。
『首都で連帯集会』
『労働組合が抗議声明』
やはりだ。繋がっている。
ルーキ軍港だけではない。
首都。工業地帯。港湾労働者。
少しずつ不満が広がっている。
私は前世で見た映像を思い出す。
革命。クーデター。国家崩壊。
どれも最初は局地的だった。
一都市。一部隊。一組織。
それがやがて連鎖する。
昼頃。
妹が書庫へやって来た。
「お姉様」
「どうしたの?」
「お母様が少し元気ないです」
私は顔を上げた。
「何かあったの?」
「分かりません」
妹は首を傾げる。
「でも朝からずっと難しい顔をしています」
私は新聞へ視線を落とした。
理由は想像できる。
父は軍人だ。しかも高官。
軍港の騒ぎが他人事のはずがない。
夕方。
私は偶然、廊下で母を見かけた。
確かに表情が硬い。以前のような余裕がない。
私に気付くと笑顔を作る。
だが無理をしているのは分かった。
「何かありましたか?」
私は尋ねる。
リーブは少し驚いた顔をした。
そして小さく首を振る。
「大丈夫よ」
その答えが大丈夫ではない時の答えだと、私は前世で何度も学んでいる。
だが追及はしなかった。今はまだ。
その夜。
私は書庫で一人新聞を読み返していた。
軍港炎上。命令拒否。労働者の同調。死傷者。
そして政府の発表。
『事態は管理下にある』
私はその一文を見つめる。
管理下。便利な言葉だ。
前世でも何度も聞いた。
そしてその言葉が繰り返される時ほど、管理できていないことが多い。
窓の外は暗かった。静かな夜だ。
遠く離れたルーキ軍港では違う。
炎が上がった。
それは艦艇だけの炎ではない。
不満。怒り。絶望。
そうしたものが燃え上がり始めている。
そんな気がした。
私は静かに新聞を閉じる。
そして地図の上のルーキ軍港を見つめた。
数週間前。ただの騒擾だった。
今は違う。明らかに段階が進んでいる。
この火は果たして軍港だけで終わるのだろうか?私にはそう思えなかった。
むしろ本当に恐ろしいのは、この炎が帝国全体へ広がり始めることだった。




