現実を知る
総統官邸。ベレは執務室の椅子にもたれ、小さく息をついた。
「うーん……経済も少しずつ回復してきた。研究所もできた。復興も進んでいる。さて……次は、何となく避けていた軍事ね」
前世では戦争を嫌い続けてきた。
だからこそ、軍だけはできるだけ見ないようにしていた。
しかし今は違う。
国を守る立場になった以上、知らないでは済まされない。
ベレはヘルムへ視線を向けた。
「ヘルムさん。私に軍事を教えてください」
ヘルムは一瞬驚いたが、すぐに笑った。
「ようやく、その気になったか」
数日間。
ベレは軍事教本や戦術書、兵站、兵器開発などの本を机いっぱいに積み上げた。
「うぅ……難しい……」
ラインが苦笑する。
「総統、目が真っ赤ですよ。まだ半分しか読めてないの。でも読む!」
数日後。
ベレは本を閉じた。
「……やっぱり本だけじゃ駄目。現場を見ます!」
翌日。
ベレはヘルム、ライン、国防大臣と共に共和国陸軍基地を訪れた。
兵士たちは一斉に敬礼する。
「総統閣下!」
ベレは兵士たちの姿を見た瞬間、言葉を失う。
軍服は何度も補修され、色あせている。
靴も擦り切れ、縫い直した跡が目立つ。
武器庫へ入る。小銃を手に取る。
木製部分は傷だらけ。金属部分も磨耗していた。
「……これ。現役なの?」
国防大臣は苦い表情で頷く。
「はい。更新する予算がありませんでした」
さらに車庫へ案内される。
そこに並んでいたのは数台の古いトラックだけだった。
「戦車は?」
ベレが尋ねる。
国防大臣は首を横へ振る。
「ありません。条約により保有できません」
ベレは思わず頭を抱えた。
「何じゃこりゃ……」
次に海軍基地へ向かう。
港には軍艦が停泊していた。
しかし近づくと、その現実が見えてくる。
船体の塗装は剥がれ。
錆があちこちに広がっている。
ベレは思わず呟いた。
「これ……本当に動くの?」
海軍司令官が苦笑した。
「どうにか動いております。整備兵が毎日必死に維持しておりますので」
海軍兵士たちの制服だけは比較的きれいだった。
「服は新しいんですね。海水で傷みやすいため、最低限更新しております」
最後に空軍について説明を受ける。
ベレは周囲を見回した。
飛行場はある。しかし。
飛行機が一機もない。
「……飛行機は?」
国防大臣は静かに答えた。
「条約で保有が禁止されています」
沈黙が流れる。
視察を終えた帰り道。
ベレは俯いたまま歩いていた。
「私……あんな装備で兵士たちをルー地方へ進軍させたの?」
ヘルムは静かに頷いた。
「ああ。だから俺は止めた」
ベレは胸を押さえる。
胃が締め付けられるような痛みを感じた。
「ごめんなさい……兵士たちは、命を懸けてくれたのに……」
誰も言葉を返せなかった。
しばらくして、ベレは立ち止まる。
そして顔を上げた。
「要改善じゃない!全部改善です!でも条約は守ります。まずは条約の範囲内でできることを全部やりましょう」
国防大臣が頷く。
「例えば?」
ベレは迷わず答えた。
「軍服、靴、通信機、輸送用トラック、補給体制、兵站、訓練、兵士の食事、武器だけが軍じゃありません!まずは兵士が安心して任務に就ける軍を作ります」
ヘルムは思わず笑った。
「なるほど。それなら条約違反にもならねえ」
ベレは静かに兵舎を振り返る。
「強い軍じゃなくていい。国民を守れる軍を作りましょう」
夕日に照らされた兵舎を見つめながら、新たな改革が始まろうとしていた。




