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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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26/59

帰らぬ兵士

配給所を見てから数日。

私は以前にも増して新聞と資料を読み込んでいた。


市場。配給。税収。人口。


どれを見ても明るい材料は少ない。

もちろん帝国が明日崩壊するとは思わない。

国家というものは案外しぶとい。

前世でも何度も見てきた。

問題は崩壊そのものではない。

崩壊へ向かう兆候だ。

そして今の帝国には、その兆候が少しずつ現れ始めている。


その日。


私は屋敷の庭を歩いていた。

杖はまだ必要だ。

だが以前よりはずっと楽になった。


妹が花壇の近くで遊んでいる。

相変わらず元気だ。

見ているだけで少し安心する。


「お姉様!」


「何かしら?」


妹は走ってくる。

そして嬉しそうに封筒を掲げた。


「お手紙です!」


「お手紙?」


私は首を傾げた。

誰宛だろう。


だが封筒は妹宛だった。

差出人の名前を見る。


親戚らしい。


軍にいる息子から届いた手紙を写して送ってきたらしい。


妹はまだ幼い。


手紙そのものより、誰かから届いたことが嬉しいのだろう。

私は微笑ましく眺める。


その夜。

夕食の席でふと話題になった。


「最近は手紙も遅いのよ」


母がぽつりと呟いた。

私は反応する。


「遅い?」


「前線からの手紙よ」


母はスープを口に運びながら続けた。


「以前はもっと早かったのだけれど」


「輸送の問題ですか?」


「たぶんね」


母は曖昧に答えた。

だが私は気になった。


翌日。

私は書庫で資料を読んでいた。

そこへ侍女がやって来る。

手には封筒の束。


「郵便ですか?」


「はい」


「多いのね」


「最近は少ない方でございます」


私は顔を上げた。

少ない?

侍女は頷く。


「戦争が始まる前はもっと届いていました」


私はその言葉を頭の中に留める。


輸送能力低下。物資不足。鉄道遅延。

そして郵便の減少。

全て繋がっているように思えた。


数日後。


私は再び領都へ出た。

市場を見るためではない。

街を歩くためだ。そこで気付いた。


掲示板がある。役所の前。教会の前。

駅の近く。様々な場所に。


そこには紙が貼られていた。

私は近付き、そして内容を読む。


戦死通知。行方不明通知。戦傷による退役。


名前が並んでいる。


年齢。所属部隊。死亡日時。


あまりにも簡潔だった。

私はしばらくその紙を見つめる。

前世でも見た。避難民キャンプの掲示板。

行方不明者リスト。死亡者名簿。

探し人の張り紙。場所は違う。時代も違う。


だが人がやることは変わらない。


その時だった。

年配の女性が掲示板の前で立ち止まる。

紙を見る。そして静かに崩れ落ちた。

周囲の人々が慌てて支える。

私は動けなかった。

理由は分かる。見つけたのだろう。


息子か。夫か。兄弟か。


帰りを待っていた誰かの名前を。


護衛が声を掛ける。


「お嬢様」


私は小さく頷く。そして歩き出した。

何もできない。今の私には。


帰りの馬車。窓の外を見ながら考える。

戦争が始まれば兵士は死ぬ。

それは誰でも知っている。

死ぬのは兵士だけではない。

待つ人もまた傷付く。


それが戦争だ。


屋敷へ戻った私はノートを開いた。

そして一行書き加える。


『手紙の遅延増加。死亡通知増加』


ペンが止まる。

私はしばらく考えた。

新聞は今日も勝利を報じている。


街には死亡通知が増えている。

手紙は減っている。帰る兵士は少ない。


私は窓の外を見た。


夕日が沈み始めている。

そしてふと思う。

父はどうしているのだろう。


グラウベ・フォン・シュタインベルク。


今も前線のどこかにいるはずの父。

まだ一度も会っていない父。


私は知らず知らずのうちに拳を握っていた。

前世では多くの兵士を見送った。

そして多くの帰らぬ人々を見た。

だからこそ分かる。


戦争とは地図の上の線ではない。

戦況報告でもない。


誰かが帰らなくなることだ。

その積み重ねなのだ。

そして帝国では今、その積み重ねが確実に増えていた。

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