配給
「配給ですか?」
侍女は不思議そうな顔をした。
私は朝食後のお茶を飲みながら頷く。
「ええ」
「どうしてそのようなことを?」
当然の疑問だろう。
伯爵家の娘が配給に興味を持つ理由など普通はない。だが私は新聞を机へ置いた。
ここ数週間、気になる記事が増えている。
『配給制度の効率化』
『国民生活を守る新施策』
『公平な食料分配を実現』
どれも聞こえは良い。
だが私は前世で知っている。
配給制度が話題になる時というのは、大抵状況が悪化している時だ。
十分な物資があるなら市場に任せればいい。
わざわざ国家が管理する必要はない。
つまり管理が必要なほど不足しているということだ。
「実際にはどのように行われているのか知りたいの」
私が言うと侍女は少し考え込んだ。
「私も詳しくは……」
「構わないわ」
現場を見ればいい。それが一番早い。
数日後。
私は再び領都へ出ていた。
今回は市場ではない。配給所。
建物の前には既に長い列ができている。
私は馬車の中からその様子を眺めた。
老人。女性。子供。
そして傷痍軍人らしき男性もいる。
皆、静かに順番を待っていた。
怒号もない。混乱もない。
だがその静けさが逆に重かった。
「いつもこんな感じなの?」
私は護衛へ尋ねた。
「最近は人が増えました」
短い答えだった。それだけで十分だった。
増えているのだ。頼る人が。
配給所から出てきた女性が袋を抱えている。
私は目で追った。思ったより小さい。
前世の感覚で言えば、一家族が長く生活できる量には見えない。
もちろん私はこの世界の基準を知らない。
だが不足していることだけは分かる。
その時、列の中から聞こえてきた。
「また減ったな」
年配の男性だった。隣の女性が苦笑する。
「仕方ないよ」
「先月より少ないぞ」
「文句言っても増えないさ」
二人の会話はそこで終わった。
減ることに慣れている。そんな印象だった。
私は視線を落とす。
新聞には載っていなかった。
配給制度の開始は書いてあった。
制度の成功も書いてあった。
だが、配給量が減っているとは書いていない。
「やっぱり」
私は小さく呟く。
数字の嘘。
いや正確には数字を見せない嘘だ。
制度は存在する。配給も行われている。
だから記事そのものは嘘ではない。
本当に重要な部分が抜けている。
その時だった。
列の後方で小さな騒ぎが起きた。
子供が倒れたのだ。
周囲の人々が慌てて駆け寄る。
幸いすぐに意識は戻った。
どうやら空腹と疲労らしい。
私は息を吐く。
大事には至らなかった。
それだけでは済まない問題だった。
前世で見たことがある。
避難民キャンプ。難民施設。食料不足地域。
最初に現れるのは大規模な飢餓ではない。
小さな異変だ。
痩せた子供。増える病気。減る体力。
そして少しずつ社会全体が弱っていく。
帰りの馬車の中、私は窓の外を眺めていた。
人々は今日も生活している。
仕事へ向かう者。買い物をする者。
家へ帰る者。一見すると普通だ。
だがその土台は確実に削られている。
屋敷へ戻った私はノートを開いた。
そして一行だけ書き加える。
『配給量減少。生活水準低下継続』
その文字を見つめる。
市場。配給。物資不足。新聞。
全てが同じ方向を示している。
私はペンを置いた。そして静かに呟く。
「帝国は思った以上に危ないかもしれないわね」
その言葉を聞く者はいなかった。
私の中では確信に近いものが育ち始めていた。
この戦争は、もう長く続けられる状態ではないのかもしれない。




