数字の嘘
ルーキ軍港の騒擾から数日。
新聞では既に別の記事が一面を飾っていた。
『帝国軍、新たな戦果』
『敵軍の攻勢を撃退』
『国民の団結こそ勝利への道』
いつも通りだった。
まるで数日前の騒ぎなど存在しなかったかのように。
私は新聞を畳む。
そして書庫から持ち出した領地資料へ視線を落とした。こちらの方がよほど面白い。
少なくとも数字は載っている。
税収。人口。農地面積。収穫量。家畜数。
毎年記録されている。
私は数日かけてそれらを整理していた。
紙を並べる。年代ごとに分類する。
増減を書き出す。地味な作業だ。
だが嫌いではない。むしろ好きだった。
外交官時代も似たようなことばかりしていた。
派手な会議の裏では、数字との戦いである。
「ふむ……」
私は一枚の資料を見つめた。
違和感。
それは以前からあった。
だがようやく形になり始めている。
私は去年の税収を確認する。
その前の年を見る。さらに前、比較する。
すると見えてくる。
「減っている」
税収は下がっている。
少しずつ。
収穫量も同じだった。
農地そのものは大きく変わらない。
なのに収穫量は落ちている。
家畜数も減少。人口も微減。
全て同じ方向を向いている。
偶然とは思えない。
私は新聞を手に取った。
数か月前の記事。
そこには大きく書かれている。
『帝国経済は順調』『農業生産増加』
『国民生活は安定』
私はしばらく見つめた。
そして思わず笑う。
「本当に?」
誰に向けた言葉でもない。
独り言だった。
もちろん、領地一つで帝国全体は語れない。
それは理解している。
シュタインベルク領だけが特別なのかもしれない。
だが市場で見た光景。新聞の広告減少。
物資不足。それらを合わせると、どうにも記事の内容が信用できなくなってくる。
私はさらに資料を読み進める。
すると別の数字が目に入った。
道路補修費。橋梁維持費。学校予算。
どれも削減されている。
毎年少しずつ本当に少しずつだ。
だから気付きにくい。
だが積み重なれば大きい。
私は窓の外を見る。
庭の噴水。止まったままだ。
最初は気にしていなかった。
だが今なら分かる。
あれも維持費削減の一つなのだろう。
「数字は面白いわね」
私は小さく呟いた。
新聞は嘘をつく。政治家も嘘をつく。
軍人も嘘をつく。だが数字は嘘をつきにくい。
もちろん改ざんはできる。
都合の良い数字だけを見せることもできる。
それでも大量の数字を並べれば見えてくるものがある。
私は再び新聞を開いた。
そこには、
『帝国経済、依然として堅調』
という見出しが躍っている。
私は領地資料へ視線を移した。
税収減少。収穫量減少。人口減少。
維持費削減。そして物資不足。
どちらを信じるべきだろう。
答えは簡単だった。
私は紙に一行だけ書き込んだ。
『発表と現実は違う』
そしてペンを置く。
これは帝国だけの話ではない。
前世でもそうだった。
政府発表。軍発表。公式統計。
それらは参考にはなる。
だが鵜呑みにしてはいけない。
本当に重要なのは、数字そのものではなく、数字がどう変化しているかだ。
夕方。
窓から差し込む陽射しが赤く染まり始める。
私は資料を閉じた。
そしてふと、ルーキ軍港の記事を思い出す。
騒擾。命令拒否。労働者の同調行動。
あの記事もまた本当の姿を隠しているのかもしれない。
私は静かに息を吐いた。帝国はまだ立っている。新聞も勝利を叫んでいる。
数字は別の物語を語り始めていた。
そして私は、その声を聞き逃すつもりはなかった。




