平和のための決断
ルー地方。共和国から届けられたラジオ演説。
そして、人道支援物資の話は、少しずつ住民たちの間へ広がっていた。
炭鉱の休憩所。一人の老人が、小さく呟く。
「共和国は……俺たちを忘れていなかった」
若い労働者も静かに頷く。
「あのラジオ、本当に聞いて良かった」
「必ず助けるって言ってた」
別の男性も声を上げる。
「支援物資まで送ってくれたんだ」
「俺たちは、一人じゃない」
少しずつ。その言葉は街から街へ。
村から村へ。静かに広がっていった。
「共和国は見捨てていない」
その言葉だけが、人々の希望になっていた。
その頃。総統官邸地下。
情報部の会議室では、極秘会議が開かれていた。
部屋にはヘルム。
ライン。外務大臣。国防担当官。
そしてベレだけが集まっていた。
ヘルムがルー地方の地図を机へ広げる。
「総統。もし外交が失敗した場合、どうする?」
部屋が静まり返る。
ベレはルー地方の地図を見つめたまま、小さく呟く。
「どうする……時間が過ぎれば過ぎるほど、ルー地方の皆さんは困窮する。それは間違いない」
誰も否定しなかった。
ベレはゆっくりと顔を上げる。
「……軍を出す?」
その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。
私が?昔は、武器なんて全部なくなればいいと思っていた。戦争なんて大嫌いだった。軍隊なんて必要ないと思っていた。
拳を強く握る。
でも……武器が無ければ、一方的に奪われるだけなの?実際に、ルー地方はそうだった。
地図の一点を見つめる。
もし、ルー地方に強力な共和国軍が駐留していたら?ちゃんと守る力があったなら?この悲劇は防げたの?
静まり返る会議室。
ヘルムが重い口を開いた。
「は?軍を出す?そりゃ無理だ。軍はあるにはある。だが、講和条約で兵力も装備も厳しく制限されてる。武器だって、前の戦争からほとんど更新されてねぇ。今の共和国で実際に動員できる兵は……」
少し考え込む。
「せいぜい三千人集められれば御の字だ」
ベレは迷うことなく答えた。
「その三千人を集結させてください」
会議室の全員がベレを見つめる。
ヘルムも思わず目を見開いた。
「……本気か?」
「はい。今すぐ戦う訳ではありません。ですが、守る力がなければ外交も成り立ちません。外交は最後まで続けます。それでも駄目だった時のために、準備だけは始めます。ルー地方の皆さんを、もうこれ以上見捨てることはできません」
ヘルムはしばらくベレを見つめると、小さく笑った。
「変わったな?昔のお前なら、絶対に言わなかった言葉だ」
ベレは静かに頷く。
「ええ。国を守る責任を知りました」
ヘルムは帽子をかぶり直し、敬礼した。
「了解。三千人、集めてみせる。そして、ルー地方奪還作戦の準備を開始する」
ラインも敬礼する。
「親衛隊も旧友に話をしてみます」
ベレはルー地方の地図へ手を置いた。
「どうか……この作戦を使わずに済みますように」
そう願いながらも、共和国は初めて、外交と並行してルー地方奪還作戦の準備を静かに開始した。




