最初の署名
総統就任から数日。
執務室の机には、一枚の法案ではなく、分厚い書類の束が積み上げられていた。
官房長官が静かに口を開く。
「総統閣下」
「本日、ご署名いただく法案です」
ベレは一枚目を手に取る。
表紙には大きく書かれていた。
『共和国技術者保護法』
思わず笑みがこぼれる。
「やっと……ここまで来たのね」
二枚目をめくる。
『緊急公共事業実施法』
三枚目。
『国家備蓄法』
四枚目。
『農業機械普及支援法』
五枚目。
『工業学校拡充法』
どれも見覚えのある法案だった。
国会へ提出し否決され。
何度も「時期尚早」と言われ続けた法案。
ベレは静かにペンを手に取る。
「署名します」
最初の一筆。
静かな執務室に、ペンの音だけが響いた。
一枚。また一枚。次々と署名していく。
最後の一枚を書き終えると、小さく息を吐いた。
「終わりました」
官房長官は深く一礼する。
「これにより、本日付で全て施行されます」
その言葉を聞いたヘルムが、腕を組んだまま笑った。
「昔は全部却下だったのにな」
部屋にいた全員が苦笑する。
ラインも懐かしそうに笑う。
「あの頃は、法案を提出するたびに却下でしたね」
ルマルも頷く。
「それでも、総統は諦めませんでした」
ベレは少し照れくさそうに笑った。
「諦めたら、そこで終わりですから」
ヘルムは窓の外を眺める。
「十議席しかなかった頃が嘘みてぇだ」
「毎回、否決されてもまた次を出してたからな」
ベレも窓の外へ目を向ける。
工場の煙突。働く人々。行き交う荷馬車。
「ようやくスタートラインですね」
官房長官が驚く。
「これだけの法案が成立しても、ですか?」
ベレは静かに頷いた。
「法律は作るだけでは意味がありません。実際に国民の生活が良くなって、初めて成功です」
その言葉に、誰もが頷いた。
ヘルムは帽子をかぶり直す。
「相変わらず、お前らしいな」
ベレは署名した法案を見つめながら微笑む。
「今度は却下されません。だから、今度は必ず結果を出します」
その日。
総統ヴィーダーベレが初めて署名した法律は、共和国再建への第一歩として、後に歴史の教科書へ記されることになる。




