譲れない一線
総選挙から一週間。
シュタール労働者党が野党第一党となったことで、党本部には連日、多くの来客が訪れていた。
その日も一本の連絡が入る。
「与党幹部がお会いしたいそうです」
ラインがそう告げると、ヘルムは鼻で笑った。
「来たか」
「何がです?」
「連立の話だ」
ベレは静かに立ち上がった。
「会いましょう」
翌日。
国会議事堂の応接室。
与党幹部が笑顔で迎えた。
「ベレ議員。この度は野党第一党、おめでとうございます」
ベレも軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
一通りの挨拶が終わると、与党幹部は本題を切り出した。
「単刀直入に申し上げます。シュタール労働者党と連立を組みませんか?」
部屋が静まり返る。
ベレは表情を変えない。
「条件を伺います」
与党幹部は指を三本立てた。
「一つ。ルー地方問題は当面棚上げにしていただきたい。外交問題ですので、慎重に進める必要があります」
ベレは黙って聞いていた。
「そして二つ目。汚職事件については、過去のことです。これ以上の追及は控えていただきたい。未来へ向けて協力しましょう」
その言葉を聞いた瞬間。
ベレは迷うことなく口を開いた。
「お断りします」
即答だった。与党幹部の表情が固まる。
「……まだ条件は最後まで」
「十分です」
ベレは静かに相手の目を見る。
「ルー地方は共和国の心臓部です。棚上げにはできません。そして、汚職は過去の話ではありません。罪を曖昧にしたまま未来は作れません」
与党幹部は苦笑した。
「政治とは妥協ですよ」
ベレは首を横に振る。
「妥協する所と、してはいけない所があります。この二つだけは譲れません」
応接室は静まり返った。
与党幹部は椅子から立ち上がる。
「残念です。共和国のためになると思ったのですが」
ベレも立ち上がる。
「共和国のためだからこそ、お断りします。私達は議席を増やすために政治をしているのではありません。共和国を立て直すために政治をしています」
短い沈黙。
やがて与党幹部は一礼し、部屋を後にした。
その日の夕方。
党本部。ラインが心配そうに尋ねる。
「よろしかったのですか?」
「連立すれば政権へ入れたかもしれません」
ベレは微笑んだ。
「政権へ入ることが目的じゃないもの。国民との約束を守ることが目的よ」
ヘルムは帽子を深くかぶり直した。
「やっぱり断ったか。当然です」
ベレは迷いなく答える。
「ルー地方も汚職もどちらも共和国の未来に関わる問題です。ここで譲ったら、私達はシュタール労働者党ではなくなってしまいます」
ヘルムは小さく笑った。
「百一議席になっても、お前は変わらねぇな」
ベレも笑顔で答えた。
「変わったら、ここまで応援してくださった皆さんを裏切ることになりますから」
窓の外では、夕日が国会議事堂を赤く染めていた。
シュタール労働者党は政権への近道ではなく、自らの信念を選んだ。
その決断は、やがて共和国の政治をさらに大きく動かしていくことになる。




