百一人の初心
総選挙から数日後。
初登院の日。百一名のシュタール労働者党議員が、初めて国会議事堂へ集まった。
教師。農家。町工場の社長。技術者。医師。商人。元軍人。年齢も経歴も様々だった。
しかし全員に共通していることが一つだけあった。
「新人議員」であること。
党本部の大会議室。
ベレは百一人を前に演壇へ立った。
部屋は静まり返る。
ベレはゆっくりと口を開いた。
「まず、皆さん。当選、おめでとうございます」
温かな拍手が起こる。
しかしベレは首を横に振った。
「ですが皆さんは勝者ではありません」
拍手が止まる。
「国民から仕事を預かった公務員です」
その一言で、空気が引き締まった。
ベレは続ける。
「議員になった瞬間が、一番危ないんです」
新人議員たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「先生と呼ばれます。頭を下げられます。献金の話も来るでしょう。その時、自分は特別な人間だと勘違いしたら終わりです」
誰一人、声を発しない。
「だから、シュタール労働者党には四つの約束があります」
黒板へ大きく書く。
一 汚職をしない。
二 献金は全て公開する。
三 毎月必ず現場へ行く。
四 国民の声を最優先する。
ベレは一人ひとりの顔を見渡した。
「机の上だけで政治をしてはいけません」
「工場へ、農村へ、学校へ、港へ」
「困っている人の所へ行ってください」
「それが私達、シュタール労働者党です」
百一人は一斉に立ち上がった。
「はい!」
大きな返事が会議室へ響いた。
ヘルムは腕を組み、小さく笑う。
「これなら大丈夫そうだな」
ラインも微笑んだ。
「皆さん、良い顔をしています」
研修は夕方まで続いた。
新人議員たちは、それぞれ大量の資料を抱えながら帰っていく。
その夜。
ヘルムがベレの部屋を訪ねた。
「頼まれてた件だ」
一通の封筒を机へ置く。
ベレは静かに受け取り、中を確認した。
報告書の最後には短く書かれていた。
『該当人物なし』
ベレは胸をなで下ろした。
「……ふぅ」
ヘルムはその様子を見て笑う。
「安心したみてぇだな?しかし、変わった人探しだったぜ」
ベレは苦笑する。
「そうですか?」
ヘルムは指を折りながら言った。
「戦争経験者で、美術大学校を落ちて、ちょび髭?そんな条件で人を探せなんて初めて聞いた」
「今回当選した全議員に該当する人物はいなかった。だから安心しろ」
ベレは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
ヘルムは帽子をかぶり直す。
「まあ、理由は聞かねぇ。お前さんがそこまで気にするなら、何かあるんだろ。また気になる奴がいたら知らせる」
「お願いします」
ヘルムが部屋を出ていく。
扉が閉まると、ベレは窓の外を見つめ、小さく息を吐いた。
「……まだ安心はできないわね」
机の上の報告書を引き出しへしまう。
「念のため、これからも注意しておこう」
そう呟くと、ベレは気持ちを切り替えるように、新しく届いた政策資料を手に取った。
百一人の仲間とともに。
シュタール労働者党の新たな戦いが、静かに始まろうとしていた。




