静かな託しもの
夜ではなく、昼下がり。
人通りの少ない喫茶店。
ラインは一番奥の席で、静かにコーヒーを飲んでいた。
しばらくすると、帽子を深くかぶったウス・ライが店へ入ってくる。
「ラインさん。まさか、あんたから呼び出されるとはな」
ラインは静かに口を開く。
「お願いがあります」
「何だ?」
「貴方が握っている議員達、全ての情報を私へ渡してください」
ウス・ライは少し驚いた後、口元を緩めた。
「……おっとやっとかよ」
ラインは首を傾げる。
「やっと?」
ウス・ライは足元へ視線を落とした。
「俺の足元に鞄が置いてある。足でそっちへ押す。受け取れ」
ラインが動こうとすると、ウス・ライが小さく制した。
「待て。まだ動くな。今受け取ると、鞄を持ってねぇことがバレる」
そう言ってコートの下から違う、鞄を少しだけ出し、自然な動作で足元へ置く。
ラインはその動きを見て目を細めた。
「貴方……まさか?付けられていますね?」
ウス・ライは苦笑した。
「おう!そうだ」
ポケットから手帳を取り出し、何かを書き始める。そのまま手帳をラインだけに見える角度へ向けた。
そこには短く書かれていた。
『警察の公安』
ラインの表情が変わる。
「巻けなかったんですか?」
ウス・ライは首を振る。
「巻いたら巻いたで余計怪しまれる。だから普通に取材してる振りさ」
時計を見る。
「あと十五分くらい付き合え。取材ってのは、そのくらい掛かるもんだからな」
ラインは静かに頷いた。
「政府は警察まで使っているんですか?」
「ああ。俺の記事が気に入らねぇんだろ?事実しか書いてねぇんだけどな」
ラインは静かに呟く。
「そこまでして、自分達の権力を守りたいんですね」
ウス・ライは苦笑する。
「外には何も言えねぇ。内には強気。今の政府らしいだろ?」
店内には穏やかな時間が流れる。
コーヒーを飲みながら、二人は普通の取材を続けているようにしか見えない。
やがてウス・ライは小さく息を吐いた。
「それとな。お前さんを信用して、一つだけ言っとく」
ラインは静かに耳を傾ける。
「もし俺に何かあったら……」
そこで言葉を止める。
少し笑って首を振った。
「いや。何でもねぇ。忘れてくれ」
ラインは静かに鞄へ手を添えた。
「ありがとうございます!いい記事が書けそうですね!」
わざと少し大きな声で言う。
ウス・ライも芝居に合わせる。
「おう!次も頼むぞ!」
ラインは笑顔で店を出て行った。
その直後。店の外で新聞を読んでいた二人の男が顔を上げる。
「終わったぞ」
「追え!」
慌ててラインの後を追い始める。
ウス・ライは窓の外を眺めながら、小さく笑った。
「さて……そっちは頼んだぜ」
店の隅には、もう鞄は残っていなかった。




