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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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残された傷

気が付けば季節が変わっていた。

窓から差し込む陽射しも、以前より柔らかい。

私が目を覚ましてから数か月。

ようやく日常生活に近いことができるようになっていた。


もちろん完全ではない。

長時間歩けば疲れる。走ることなど論外。

それでも。


「お嬢様、ゆっくりでございます」


「分かっているわ」


私は杖をつきながら廊下を歩いていた。

最初の頃は立つことすらできなかった。

それを思えば大きな進歩だ。


一歩。また一歩。


ゆっくりだが確実に進む。

外交官時代なら考えられない速度だった。

だが焦るつもりはない。

回復には時間が必要だ。それは理解している。


廊下の窓から庭が見える。

ザンフトが走り回っていた。

相変わらず元気だ。子供は回復が早い。

いや、私も身体だけなら子供なのだが。

どうにも実感が湧かない。


「ベレお姉様ー!」


向こうも私を見つけたらしい。

元気よく手を振ってくる。

私は苦笑しながら手を振り返した。

するとザンフトは満足したように再び走り始めた。


本当に元気だ。


その日の午後。

私は医者の診察を受けていた。

いつもの老医師である。


脈を測り。目を確認し。頭の傷を確認する。

そして頷いた。


「順調ですな」


「そうですか」


「本日で頭の包帯も外せるでしょう」


私は思わず手を止めた。

頭の包帯。長い付き合いだった。

目覚めた時からずっと巻かれていた。

ようやく取れるらしい。


しばらくして医師は慎重に包帯を解いていく。

何重にも巻かれた布が外される。

軽くなる感覚。そして最後の一枚が外れた。


「終わりましたぞ」


私は思わず頭へ手をやった。

髪は短く切られていた。

治療のためだろう。

だがそれ以上に気になったことがある。

医師と侍女の表情だった。

どこか言いづらそうなのだ。


「何かあるの?」


二人は顔を見合わせた。

そして医師が口を開く。


「傷跡が少々残っております」


やはりか。私は妙に冷静だった。

頭に大怪我をしたのだ。

何も残らない方がおかしい。


「鏡を」


侍女が慌てる。


「お嬢様……」


「いいから」


しばらくして鏡が運ばれてきた。

私は受け取る。

そして自分の顔を見た。


右側の額からこめかみにかけて。

薄く白い傷跡が残っていた。

幸い右目は無事だった。

だが傷は消えないだろう。

私はしばらく鏡を見つめる。


静寂が流れる。


侍女は不安そうだった。

医師も反応を待っている。


私は小さく息を吐いた。


「思ったより軽いわね」


二人が固まった。


「え?」


「もっと酷いものを想像していたもの」


それが正直な感想だった。


前世で私は多くの人を見てきた。

砲撃で片腕を失った少年。

地雷で両足を失った兵士。

火傷で顔の半分を失った少女。

戦争は容赦しない。


だからこの程度で済んだことを幸運だと思う。


生きている。目も見える。

歩くこともできる。

それだけで十分だった。


夕方。


妹が部屋へ飛び込んできた。

そして私の顔を見るなり固まった。


「お姉様……」


傷跡を見ている。

私は苦笑した。


「そんな顔しなくても大丈夫よ」


だが妹の目に涙が浮かぶ。


「痛かったですか……?」


私は少しだけ考えた。

そして妹の頭を撫でる。


「もう痛くないわ」


それは本当だった。

傷は残った。だが痛みはもうない。


その夜。

私は一人で鏡を見つめていた。

額の傷。

消えることはないだろう。

だが不思議と嫌ではなかった。

むしろそれは現実だった。

戦争が残した傷。私自身に刻まれた傷跡。

そしてこの帝国にも同じような傷が残っている。


市場の人々。戦争未亡人。不足する物資。

帰らない兵士達。国全体が傷付いている。


私の傷と同じように。


完全に消えることはないだろう。


それでも人は生きていく。

国もまた生きていかなければならない。

私は鏡を置いた。そして静かに呟く。


「そろそろ前へ進みましょうか」


幸い。

今の私は歩ける。まだ杖は必要だ。

だが立ち止まったままではない。

だから次は――

自分の足で、この世界を見に行こうと思った。

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