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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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帝国の現実

市場から戻って以来、私の中で何かが変わっていた。


新聞を読んでも地図を見ても歴史書を開いても以前とは見え方が違う。

数字の向こうに人の顔が浮かぶようになったのだ。


エマ。ルーク。


市場で見た人々。不足する食料。

擦り切れた靴。疲れた表情。

戦争とは戦線だけではない。

国家全体を蝕む病のようなものだ。

私は窓辺に立ちながら、小さく息を吐いた。


その日、侍女が新聞を持ってきた。

いつものように机へ置かれる。

私は何気なく一面を開いた。

そして眉をひそめた。


『国民総結集週間開始』


『祖国防衛のため一丸となれ』


『更なる節約を』


またか最近こういう記事が増えている。

私はページをめくる。


献金。国債募集。勤労奉仕。金属回収。

食料節約。

どれも国家が国民へ求める内容だった。


以前なら気付かなかった。

だが今は分かる。

国家が求めるものは増えている。

しかし与えるものは減っている。


私は古い新聞を引っ張り出した。

数か月前の記事。


比較する。やはり違う。明らかに違う。


以前は新工場完成。鉄道開通。生産増加。

輸出拡大。そんな記事が並んでいた。


今は違う。


不足。節約。代用品。献金。我慢。忍耐。


そんな言葉ばかりだ。

私は紙に簡単な表を書いた。

そして変化を書き込んでいく。


広告 減少。生活記事 減少。

戦意高揚記事 増加。節約記事 増加。

配給関連記事 増加。


「ふぅ……」


思わず息を吐く。数字はなくても分かる。

この国は疲弊している。確実に。

私は地図へ視線を移した。


帝国は、広い。豊かな平野。長い河川。

港湾。鉱山。本来なら強国なのだろう。


実際、歴史書を読んでも繁栄していた時代は長い。

それなのになぜこうなったのか?私は再び新聞を開く。


そこには英雄の話が載っていた。


若い将校。敵戦車を撃破。祖国の守護者。

立派な話だ。

だが、その記事の隣には小さく載っていた。


『石炭配給量を一部削減』


私は苦笑した。

本当に重要なのはどちらだろう。


英雄か?石炭か?


国家を動かすのは後者だ。


工場。鉄道。発電。暖房。

全て石炭が必要になる。


それが不足している。

つまり国家の血液が足りなくなっているのだ。


私は椅子へ深く腰掛けた。

前世の知識が頭をよぎる。


戦争に勝つ国。それは勇敢な国ではない。


豊かな国だ。兵士だけでは勝てない。


工場が必要だ。輸送が必要だ。食料が必要だ。

そして国民生活が必要だ。

それら全てが噛み合って初めて戦争は続けられる。


今の帝国には綻びが見え始めている。

一つではない。あちこちで少しずつ。

私は窓の外を見た。

庭ではザンフトが遊んでいる。

楽しそうな笑い声が聞こえる。

使用人達も働いている。

一見すれば平和だ。


だが市場の現実を私は知っている。

戦争未亡人を私は見た。

不足する食料も見た。

新聞の変化も読んだ。


だから分かる。

この平和は脆い。驚くほど脆い。


「戦争が始まってからでは遅い」


不意に前世の最後の記憶が蘇る。


砲撃。避難民。崩れる建物。泣き叫ぶ子供。

そして自分の死。


私は静かに目を閉じた。

あの時、確かに思った。

戦争を止めるには国家そのものを変えなければならない、と。


目を開く。

視線の先には地図があった。


帝国。


私が今生きる国。まだ何もできない。

十二歳の少女に過ぎない。

一つだけ確かなことがある。この国は危うい。

そしてもし誰も変えようとしなければ――


いずれ大きな破滅へ向かう。


私は地図を見つめながら小さく呟いた。


「まずは、この国を知らなければ……」


国家を変える。

そんな大それたことを考えるのはまだ早い。

そのための第一歩だけは見えていた。


帝国の現実を知ること全てはそこから始まるのだから。

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