却下された公共事業
世界恐慌が始まって数日後。
ベレは党本部で、一枚の分厚い書類を机へ置いた。
表紙には大きく書かれている。
『共和国緊急公共事業計画』
ルマルが資料をめくる。
「道路整備……」
「河川改修……」
「鉄道補修……」
「港湾整備……」
ヘルムも頷いた。
「失業者を雇って公共事業を進める訳か」
ベレは黒板へ図を書き始める。
「仕事が無い」
↓
「収入が無い」
↓
「買い物が減る」
↓
「さらに工場が止まる」
「この流れを止めないといけないの」
チョークを動かす。
「だから政府が仕事を作る。失業した職人さんや労働者を雇う。給料を払う。そのお金が町で使われる。すると商店も工場も少しずつ動き出す」
農業会社出身の議員も頷く。
「道路も良くなりますね。港も使いやすくなる」
ベレは笑顔で答える。
「そう。今必要なのは、お金を配ることじゃない。仕事を作ること。働いて、お金を稼いで、町で使う。その流れを止めちゃ駄目なの」
全員が静かに頷いた。
数日後。
その計画書は政府へ提出された。
しかし――返事は、たった一枚だった。
『財政負担が大きいため、現時点では実施を見送る。』
ベレはその紙を静かに机へ置いた。
「……却下」
誰も言葉が出なかった。
ルマルが悔しそうに呟く。
「せめて審議くらいは……」
ヘルムは鼻で笑う。
「予想どおりだ。恐慌の真っ最中に、金を使いたくねぇんだろ」
ベレは窓の外を見つめる。
「今使わなかったら……もっと大きなお金が必要になるのに」
静かな声だった。
その翌日。
ウス・ライは新聞の原稿を書いていた。
記事の見出しは大きく載る。
『シュタール労働者党、公共事業計画を提案 政府は財政難を理由に却下』
記事にはこう書かれていた。
「ヴィーダーベレ議員は、失業者対策として道路整備、河川改修、鉄道補修、港湾整備などを柱とする公共事業計画を提出した」
「政府は財政負担を理由に却下したが、この計画は単なる土木工事ではない。仕事を失った者へ働く場を与え、その賃金が市場へ流れ、景気を支えるという発想である。」
ウス・ライはペンを止め、小さく笑った。
「また先を見てやがる」
編集長が記事を読む。
「どう思います?」
ウス・ライは窓の外を見つめながら答えた。
「恐慌で一番怖いのは、金が無くなることじゃねぇ。仕事が無くなることだ。仕事が無けりゃ、人は飯も買えねぇ。店も潰れる。工場も止まる。だから、あのお嬢ちゃんは仕事を作ろうとしてる」
編集長は静かに頷いた。
「もし採用されていたら?」
ウス・ライは肩をすくめた。
「結果は誰にも分からねぇ。だが、一つだけ言える。何もしないよりは、ずっと前を向いた政策だった」
翌朝。
その新聞は共和国中へ配られた。
国民の間では、
「仕事を作るって発想は良いな」
「道路も直るし、一石二鳥じゃないか」
「何で却下したんだ?」
という声が少しずつ広がり始めていた。




