消えた工場の灯
世界恐慌の影響は、ついに共和国の工場へも及び始めた。
ベレ達は工業地帯を視察していた。
以前は煙を上げていた煙突。
忙しく働いていた職人たち。
その活気は、もうなかった。
工場の機械は止まり、広い作業場には静けさだけが広がっている。
私は思わず呟いた。
「昨日まで忙しかったのに……」
工場長は寂しそうに笑う。
「海外からの注文が全部止まりましてね。仕事がありません」
別の職人も苦笑する。
「残業続きだったのが嘘みたいですよ。今じゃ定時どころか、休業です」
若い職人が俯いた。
「家族を養えるかな……」
私は何も言えなかった。
工場の灯が消えるとは、機械が止まるだけではない。
働く人の生活まで止まってしまうのだ。
その日の夕方。
党本部。一人の男性が静かに扉を叩いた。
ラインが応接室へ案内する。
私は顔を見た瞬間、驚いた。
「社長さん!」
そこにいたのは、以前トラクターの試作品を作ってくれた町工場の社長だった。
しかし、以前のような明るい表情はない。
社長は力なく笑った。
「いや……」
「もう社長ではありません」
私は息をのむ。
「えっ……?」
社長は静かに頭を下げた。
「会社……倒産しました」
部屋が静まり返る。ルマルも言葉を失う。
社長は少し遠くを見るように話し始めた。
「折角、あの農業機械の試作品……うまくいってたんですけどねぇ。注文も少しずつ増えると思ってた。でも銀行は貸してくれない。仕事も止まった。材料も入らない。もう、どうにもなりませんでした」
私は拳を握り締める。
社長は無理に笑顔を作った。
「ははは。田舎の親のところへ帰ります。畑でも耕しますよ」
その笑顔が、かえって胸に刺さる。
私は立ち上がった。
「待ってください」
社長は振り返る。
「あなたの技術は必要です。共和国には、まだ必要なんです」
社長は静かに首を振った。
「ありがとうございます。でも今は、生きることが先です」
そう言って深く頭を下げると、静かに党本部を後にした。
誰もその背中を引き止めることはできなかった。ヘルムが小さく呟く。
「これが恐慌か……」
私は窓の外を見つめた。
共和国は工場を建て、学校を作り、未来へ向かって歩き始めていた。
それでも世界恐慌は、そんな努力すら容赦なく押し流そうとしている。
私は静かに手帳を開いた。
そして、新しいページに一行だけ書き込む。
『技術者を失ってはいけない。会社が倒れても、人材だけは守る方法を考える。』
その一文は、やがて共和国の産業を救う新たな政策へとつながっていくことになる。




