銀行の行列
世界恐慌の報せから一週間。
首都の朝は、いつもとは違う空気に包まれていた。
ベレ達は中央銀行へ向かっていた。
銀行の前には、人、人、人。
長い列が建物の外まで続いている。
私は思わず足を止めた。
「こんなに……」
ルマルが静かに答える。
「預金を引き出したい人たちです」
人々の声が聞こえてくる。
「念のため現金を持っておきたい」
「海外で銀行が潰れたって聞いた」
「何が起きるか分からないからな」
幸い、まだ混乱は起きていない。
怒鳴り声もない。暴動もない。
しかし、不安だけが静かに広がっていた。
私は中央銀行で学んだことを思い出す。
「景気が悪くなると、お金を使わなくなる。銀行からお金が一斉に引き出されると、銀行も苦しくなる……」
ルマルは頷いた。
「だから信用が大切なのです。銀行は、お金そのものではなく、信用で成り立っています」
私は列を見つめながら、小さく呟く。
「恐慌って、お金が無くなるんじゃない。信用が無くなるのね」
ルマルは微笑んだ。
「その通りです。一度信用を失えば、不安は一気に広がります」
その時だった。
ラインが慌てた様子で走ってきた。
「ベレ様!先日ご指示いただいた資源調査の報告書がまとまりました!」
私はすぐに受け取る。
「ありがとう」
その場で報告書を開く。
一枚目。農地。森林。港湾施設。
ここまでは予想どおりだった。
だが、次のページを見た瞬間、私は固まった。
「……え?」
石炭。ルー地方 八〇%
鉄鋼。ルー地方 七五%
私は何度も数字を見直した。
「嘘……そんな……」
ヘルムも報告書を覗き込み、表情が険しくなる。
「まさか……」
私は震える声で呟いた。
「石炭のほとんどが……あの地方だったの?」
ページをめくる。鉄鋼も同じだった。
共和国の重工業を支える資源の大半が、ルー地方に集中していた。
私は思わず机を叩く。
「しかも鉄鋼まで……そこまで重要な地域だったの?」
ルマルも静かに頷く。
「だから心臓部と呼ばれていたのでしょう」
私は悔しそうに唇を噛んだ。
「何故……何故、政府は動かなかったの?こんな重要な地域を失って……どうして何もしなかったの?」
誰も答えられなかった。
ヘルムが低い声で言う。
「だからランス国とルギー国は狙ったんだ。軍事的価値だけじゃねぇ。しかも賠償金を払えなかった、共和国の経済を止めるためにな」
私は世界地図と資源調査報告書を交互に見つめる。
世界恐慌。輸出の停止。そして資源不足。
一つ一つなら乗り越えられるかもしれない。
だが、それが同時に共和国を襲っている。
私は静かに報告書を閉じた。
「……これは。思っていたより、ずっと深刻だわ」
窓の外では、銀行の行列がさらに長くなっていた。
人々はまだ知らない。
共和国が今、世界恐慌だけではなく、自国最大の資源地帯を失ったという二重の危機に直面していることを。
そしてベレは、この二つの危機を乗り越える方法を、必死に探し始めるのだった。




