消えた注文
世界恐慌の報せから数日後。
党本部。商工会議所の担当者が、青ざめた表情で駆け込んできた。
「ベレ議員!」
私はすぐに立ち上がる。
「どうしました?」
担当者は数枚の書類を机へ並べた。
「海外からの注文です」
私は書類を手に取る。
しかし、その内容を見て言葉を失った。
『注文取消』
『契約延期』
『新規発注停止』
同じ文字が何枚も並んでいた。
ルマルも険しい表情になる。
「全部ですか……」
担当者は静かに頷いた。
「共和国製トースター、工具、工業部品、家庭用品、追加注文が、ほぼ全て止まりました」
部屋の空気が重くなる。
ヘルムは腕を組みながら窓の外を見た。
「思ったより早かったな」
私は静かに書類を机へ置いた。
「とうとう始まったのね……」
誰も言葉を返せなかった。
担当者が続ける。
「理由は、どの国も景気悪化で売れないそうです。在庫を抱える余裕がないと」
私はゆっくり頷いた。
「商品が悪いわけじゃない。世界中がお金を使えなくなったのね」
「はい……」
ラインが別の資料を持ってくる。
「港からも連絡です。輸出船の本数が減っています。倉庫にも荷物が積み上がり始めました」
私は港で見た光景を思い出していた。
活気に満ちた埠頭。
忙しく荷物を運ぶクレーン。
世界へ向けて出港する共和国製の商品。
その流れが、今まさに止まり始めている。
ヘルムが静かに言う。
「輸出頼みってのは、こういうことだ。世界が転べば、一緒に転ぶ」
私は小さく息を吐いた。
「でも……悲観している暇はないわ」
皆が顔を上げる。
私は黒板の前へ立った。
「今まで共和国製は海外へ売ることを考えてきました。でも、世界が止まったなら」
チョークを走らせる。
『国内市場』
「今度は国内を支えましょう」
ルマルが頷く。
「内需ですね」
「ええ。国内で売れる物を増やす。国内で仕事を作る。国内のお金を国内で回す」
農業会社出身の議員も続ける。
「農業機械なら国内需要があります。工業学校も建設は続けられます」
ヘルムは笑みを浮かべた。
「ようやく今まで準備してきたことが生きるな」
私は静かに頷く。
「危機だから止まるんじゃない。危機だからこそ前へ進むの」
その日の夕方。
港では輸出を待つ木箱が静かに積まれていた。
共和国製の刻印が入ったトースターも、その中に並んでいる。
しかし、積み込まれる船は来なかった。
世界恐慌は、遠い国の出来事ではない。
共和国にも、静かに、そして確実に影を落とし始めていた。
ベレは窓の外を見つめながら、小さく呟く。
「ここからが、本当の勝負ね」




