世界恐慌の始まり
九二二年 春。その日、世界は大きく揺れた。
深夜。党本部の一室。
ヘルムはいつものように無線機へ耳を傾けていた。
「……ん?」
雑音の中から、切羽詰まった声が聞こえてくる。
『メリカ国市場……暴落……』
ヘルムは眉をひそめた。
「もう一度頼む」
通信はさらに続く。
『株価、大暴落』
『売り注文が殺到』
『市場は大混乱』
『銀行前に長蛇の列』
ヘルムは椅子から立ち上がった。
「来たか……」
夜明けと同時に党本部へ駆け込む。
「ベレ!」
私は工業学校の資料を読んでいた手を止める。
「どうしました?」
ヘルムは真剣な表情で言った。
「メリカ国の株価が大暴落した」
部屋の空気が一瞬で止まる。
私は静かに立ち上がった。
「……やっぱり」
ルマルが驚く。
「予想していたのですか?」
私は首を横に振る。
「予想じゃない。ただ……嫌な予感がしてた」
その時、ラインが新聞を持って飛び込んできた。
「号外です!」
新聞には大きな見出しが躍っていた。
『メリカ国市場 史上最大級の暴落』
さらに午後になると、新しい情報が次々と入ってくる。
「ギリス国市場も暴落!」
「各国の証券市場が連鎖的に下落!」
「銀行が融資を縮小!」
「海外企業が輸入契約を見直し!」
ヘルムは世界地図を壁へ貼った。
赤鉛筆で各国へ印を付けていく。
「メリカ国……ギリス国……周辺諸国も次々だ」
私は静かに地図を見つめる。
「やっぱり世界は繋がってる……一つの国が転べば、他の国も巻き込まれる」
ルマルが資料をめくる。
「輸出にも影響が出ます。共和国製も例外ではありません」
私は小さく頷いた。
「工場も農業も銀行も全部つながってる」
ヘルムが腕を組む。
「共和国はまだ平和だ。だが、それも時間の問題だろう」
私は机の引き出しから一冊の手帳を取り出した。
そこには以前、自分で書いた言葉があった。
『危機は来てから準備しても遅い。』
私はゆっくりと顔を上げる。
「皆さん。今すぐ地方支部へ連絡してください。工場、農家、商店、銀行、港、現場がどうなっているか、すべて調べます」
ラインが力強く頷く。
「はい!」
ルマルは各地へ連絡する準備を始める。
ヘルムは再び無線機の前へ座った。
党本部は、一気に慌ただしい空気へ変わっていく。
窓の外では、まだ普段と変わらない街並みが広がっていた。
子どもたちは笑いながら走り回り、工場の煙突からは煙が上がっている。
しかし、その平穏は長く続かなかった。
海の向こうで始まった経済の嵐は、確実に共和国へ近づいていた。
そして九二二年春。
メリカ国の株価大暴落。
その衝撃は各国の市場へと連鎖し、世界中を巻き込む未曾有の経済危機の幕開けとなる。
共和国もまた、その大波から逃れることはできなかった。




