静かな一撃
翌朝。まだ夜が明けきらない頃。
ヘルムは数名の護衛隊員を前に地図を広げていた。
「全員揃ったな」
「はい」
机の上には数十通の封筒。
どれにも宛名だけが丁寧に書かれている。
裁判所。会計監査院。警察本部。税務当局。
汚職対策室。
それぞれ送る相手が違っていた。
若い隊員が首を傾げる。
「ヘルムさん。これを届けるだけですか?」
静かに頷く。
「ああ。中身は見るな。届けたら、そのまま帰れ」
別の隊員が不思議そうに尋ねる。
「襲撃でもするのかと思っていました」
ヘルムは笑った。
「馬鹿野郎。そんなことをしたら、こっちが犯罪者だ」
隊員達は顔を見合わせる。
ヘルムは封筒を一つ持ち上げた。
「俺達が裁く必要はねぇ。裁くのは法律だ」
静かな口調だった。
しかし、その言葉には重みがあった。
「法律が動くためには、情報が必要だ。だから届ける。それだけだ」
隊員達は一斉に頷いた。
「了解!」
その日の朝。
首都のあちこちで、封筒が静かに届けられていく。
裁判所。
「匿名の情報提供です」
会計監査院。
「内部告発とのことです」
警察本部。
「証拠資料が同封されています」
税務当局。
「調査の参考資料として預かります」
どの封筒にも差出人の名前はない。
しかし中には、日付や金額、証言、関係書類などが丁寧に整理されていた。
受け取った職員達は顔を見合わせる。
「……本物か?確認するしかないな」
「内容が事実なら、大問題だぞ」
静かに調査が始まった。
その頃。
党本部。ベレは工業学校の資料とにらめっこしていた。
「この実習棟はもう少し広い方が……」
ラインがお茶を置く。
「お嬢様。少し休まれては?」
「あと少し!」
ベレは夢中で図面へ書き込みを続ける。
その様子を見ていたルマルが笑う。
「張り切ってますなあ」
ラインも小さく頷いた。
「そうですね」
夕方。
ヘルムが党本部へ戻ってきた。
ラインが迎える。
「終わりました?」
「ああ。一撃だけな」
「反応は?」
ヘルムは帽子を脱ぎながら笑った。
「すぐには何も起きねぇ。だが役所ってのは、最初の動きは遅いが、一度動き出すと止まらねぇ」
ラインは静かに頷く。
「なるほど」
ヘルムは椅子へ腰掛け、コーヒーを一口飲んだ。
「相手は政治家だ。だったら政治家らしく戦えばいい。暴力はいらねぇ。証拠と法律、それで十分だ」
その頃。
議事堂では、まだ誰一人として気付いていなかった。
静かに届けられた数十通の封筒が、自分たちの足元を揺るがす第一歩になっていることを。




