最初の印税
数日後。党本部。
「失礼します」
出版社の編集長とウス・ライが部屋へ入ってきた。
編集長は一枚の書類を大切そうに机へ置く。
「ヴィーダーベレ議員。出版の準備が整いました」
私は書類を手に取る。
「これは?」
「出版契約書です」
私は一枚ずつ目を通していく。
その間、編集長は少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
「実は……予約が予想以上に入っています」
私は顔を上げた。
「え?」
編集長は資料を差し出す。
「最初は少部数を予定していました。ですが新聞で話題になったこともあり、書店から追加注文が相次いでいます」
ウス・ライも笑う。
「酒場事件のおかげ……と言ったら怒られそうですが」
私は苦笑する。
「否定はできないわね」
編集長は続けた。
「それから、題名ですが約束どおり、いくつか候補を考えました」
私は頷く。
「ありがとうございます」
編集長は紙を差し出す。
しかし私は首を横に振った。
「いえ。題名は決めました」
部屋が静かになる。
私はゆっくりと言った。
「『我が戦い』」
ウス・ライが少し驚いた顔をする。
「意外ですね」
私は微笑んだ。
「戦うと言っても、武器じゃありません。共和国を良くするために歩いた記録です。だから、この名前が一番しっくりきます」
編集長は静かに頷いた。
「良い題名です。そのままで出版しましょう」
契約書へ署名を終えると、編集長がもう一枚の書類を差し出した。
「それと、こちらが印税のお話になります」
私は首を傾げる。
「印税?」
「本が売れた場合、契約に基づいて収益が支払われます」
私は少し考え込んだ。
ヘルムが笑う。
「どうする?好きなもんでも買うか?」
私は首を横へ振った。
「いいえ。個人では使いません」
編集長も驚く。
「では?」
私は即座に答えた。
「政策調査費へ回します」
部屋が静まり返る。
「もっと工場を見たい。学校も病院も回りたい。現場を歩くには、お金も必要です。だから全部、共和国のために使います」
ヘルムが静かに笑う。
「お前らしい答えだ」
編集長は感心したように頷いた。
「普通なら、ご自分のために使われるでしょう」
私は笑顔で答える。
「私一人が豊かになっても意味はありません」
「共和国が豊かにならなければ、そのためのお金なら、惜しくありません」
ウス・ライは手帳へ一行だけ書き加えた。
『印税は私財にあらず。共和国への投資とする』
そして帽子を被り直し、小さく笑う。
「やっぱり、あなたは変わった政治家ですな」
私は少し照れながら答えた。
「褒め言葉として受け取っておきます」
編集長は契約書を丁寧にしまい、一礼する。
「それでは、『我が戦い』の出版準備を進めます」
私は深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
こうして、一冊の本はただの出版物ではなく、共和国の未来を切り開くための新たな一歩となろうとしていた。




