出版の準備
数日後。牢屋の面会室。
「失礼します」
ウス・ライが一人の男性を連れて現れた。
四十代ほどの落ち着いた雰囲気の男性だった。
「紹介します。共和国出版の編集長です」
男性は丁寧に一礼する。
「初めまして、ヴィーダーベレ議員。お会いできて光栄です」
私は少し驚きながら頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ウス・ライは机の上に積まれたノートへ目を向ける。
「例のノートですね」
私は一冊を差し出した。
「まだ途中ですが」
編集長は慎重に受け取り、静かにページをめくっていく。
財政。工業。農業。教育。鉄道。病院。学校。
銀行。
共和国中を歩いて集めた記録が、びっしりと書き込まれていた。
編集長は読み進めるうちに、何度も頷き始める。
「なるほど……これは素晴らしい」
さらにページをめくる。
「数字だけではなく、現場で見たこと。聞いたこと。感じたことまで書かれている」
静かにノートを閉じる。
「ヴィーダーベレ議員。これは政治本ではありません」
私は首を傾げた。
「違うんですか?」
編集長は笑顔で答えた。
「これは共和国を歩いた記録です。現場を見て、考え、悩みながら歩いた一人の議員の記録。だから、多くの人に読まれる価値があります」
私は少し照れくさそうに笑う。
「そう言っていただけると嬉しいです」
編集長はノートを大切そうに抱えた。
「少しの間、大切にお預かりします。中身は誤字脱字だけ確認します。ですが内容には一切手を加えません」
私は安心したように頷く。
「ありがとうございます」
編集長は少し困ったように笑う。
「ただ、一つだけ。本の名前ですが……」
ノートの表紙を見る。
『共和国再建計画』
編集長は苦笑した。
「少し硬いですね。読者の皆さんにも手に取っていただけるよう。題名は、私どもで考えさせていただけないでしょうか」
私は少し考えてから笑顔になる。
「はい。でもちゃんと返してくださいよ?」
編集長は思わず笑った。
「もちろんです。責任を持ってお返しします。出版まで、大切にお預かりします」
私はノートをそっと手放した。
今まで歩いてきた道。
悩み。考え。その全てが詰まった一冊だった。
編集長は深く一礼する。
「必ず、多くの方へ届けます」
ウス・ライも帽子を軽く上げた。
「では、良い本に仕上げましょう」
二人はノートを抱え、静かに面会室を後にする。その後ろ姿を見送りながら、私は小さく呟いた。
「私一人のノートだったものが……これからは共和国みんなの本になるのね」
静かな牢屋の中で生まれた一冊のノートは、今、新たな一歩を踏み出そうとしていた。




