ルマルの差し入れ
勾留生活も十日を過ぎた頃。
朝。牢屋の扉が開き、看守が困ったような顔で入ってきた。
「議員さん。面会です」
私は顔を上げる。
「ルマルさん?」
「いや……本人も来てるが、それより問題は後ろだ」
私は鉄格子の向こうを見る。
「……え?」
ルマルの後ろには、山のように積まれた本。
看守が二人掛かりで運んでいる。
「ちょっ……多くない?」
ルマルは涼しい顔で頷いた。
「大丈夫ですか?」
私は本の山を見ながら苦笑する。
「牢屋の床が抜けないか心配なんですけど」
ルマルは笑った。
「読んでください」
そう言って一冊目を差し出す。
表紙には、
『経済史』
二冊目。
『各国工業政策』
三冊目。
『農業改革の歩み』
四冊目。
『軍需産業と国家経済』
まだ終わらない。
五冊目。六冊目。七冊目。
私は思わず笑ってしまう。
「ルマルさん。私、勾留されてるんですよ?」
「分かってますよ。ですが時間はありますよね?」
「暇じゃありません!」
机の上には政策ノートが山積みだった。
ルマルは肩をすくめる。
「だったら、さらに知識を増やしましょう。今しかありません」
私は一冊目を手に取る。
「経済史……」
ページをめくる。
貨幣。恐慌。金融。中央銀行。
知らないことが次々と書かれていた。
「面白い……」
ルマルは満足そうに頷く。
「歴史は何度も同じ失敗を繰り返す。だから昔を知れば、未来も少し見える」
私は夢中で読み始める。
昼。工業政策。
夕方。農業改革。
夜。軍需産業。
気が付けばランプの灯りだけが部屋を照らしていた。
私はペンを走らせる。
「なるほど。この国は工業だけじゃ駄目。農業も一緒に育てないと」
さらにページをめくる。
「軍需産業は……平時の技術が戦時に応用される。逆に戦時の技術が平和な時代の産業になることもあるのね」
次々と新しい発見を書き込んでいく。
ルマルはその様子を静かに眺めていた。
「吸収が早いですね」
私は笑う。
「本は好きだったもの。知らないことを知るのって楽しい」
ルマルも微笑む。
「その好奇心がお前の強さだ」
私は積み上がった本を見つめる。
「読み終わるかしら」
ルマルは即答した。
「終わります。そして終わった頃には、今よりもっと強い政治家になってる」
私は静かに頷く。
牢屋へ入る前よりも。
議員になる前よりも。
私は確実に、一歩ずつ前へ進んでいた。
「よし」
私は新しいページを開く。
「まだまだ勉強ね」
静かな牢屋には、本をめくる音と、ペンを走らせる音だけが、心地よく響いていた。




