牢屋の政策ノート
勾留生活も数日が過ぎた。
最初は冷たい石の床と硬い椅子だけだった牢屋も、少しずつ様子が変わり始める。
朝。看守が大きな机を運んできた。
「議員さん。差し入れだ」
「……机?」
「支持者からだ」
午後になると今度は椅子が届く。
翌日には寝心地の良いベッド。
さらにランプ。紅茶。コーヒー。
本棚まで運び込まれた。
私は辺りを見回す。
「……牢屋よね?」
看守が苦笑する。
「そのはずなんだがな」
ヘルムも笑う。
「そのうち、家より快適になるんじゃないか?」
私は思わず吹き出した。
「勾留されてるのに生活環境が良くなっていくって、どういうことよ」
看守も肩をすくめる。
「俺に聞かれても困る。支援したいって人が次々来るんだ。全部断る訳にもいかなくてな」
私は静かに頭を下げた。
「皆さんには、感謝しないとね」
机へ向かう。
鞄から何冊もの手帳を取り出した。
領地時代から書き続けてきた記録。
財務省での調査。工場視察。病院。学校。銀行。全てが詰まっている。
私は深呼吸した。
「さて。時間だけはたっぷりあるもの」
一冊の真新しいノートを開く。
最初のページへ大きく書いた。
『共和国再建計画』
その下へ項目を書き並べる。
・財政
・インフレ
・工業
・農業
・教育
・鉄道
・輸出
・情報公開
ページをめくりながら、一つずつ整理していく。
「財政は……まず紙幣発行量の公開。次に歳出の見直し。工業は工業学校とブランド化。農業は機械化ね」
ヘルムが隣から覗き込む。
「牢屋で政策集を作る議員なんて、お前くらいだ」
私は笑う。
「外へ出られないなら、今できることをやるだけよ。この時間は無駄にしたくないもの」
ヘルムは感心したように頷いた。
「その前向きさは大したもんだ」
数日後。面会人が来た。
「失礼します」
聞き慣れた声だった。
「ウスさん」
ウス・ライは鉄格子越しに部屋を見渡す。
机。山積みの資料。壁へ貼られた紙。
そして、何冊も積まれたノート。
「……なるほど。勾留されてるのに、仕事してるのか」
私は苦笑する。
「暇ですから。今まで集めた資料をまとめてるんです」
ウス・ライは一冊手に取る。
ページをめくるたび、財政、工業、農業、教育と、現場で集めた情報が整然と書き込まれていた。
「これは……ただのメモじゃないな」
私は頷く。
「今まで歩いて見てきた共和国です。忘れないうちに、一冊へまとめようと思って」
ウス・ライはしばらく黙って読んでいた。
やがて静かにノートを閉じる。
「ベレ議員」
「はい?」
「これ、本にしないか?」
私は目を丸くした。
「本?」
「そうだ。新聞は翌日には捨てられる。でも本なら残る。政治家の演説より、現場を歩いた記録の方が、多くの人へ届くかもしれない」
私はノートを見つめる。財務省で学んだこと。
工場で聞いた悩み。病院や学校の現実。
全部、自分の足で歩いて集めたものだった。
「……確かに。このまま私だけが持っていても意味がないわね」
ウス・ライは笑う。
「タイトルは後で考えればいい。だが、この一冊は共和国の財産になる」
私は静かに頷いた。
「お願いします。本にしましょう」
ウス・ライは満足そうに帽子を被り直した。
「よし!今度は新聞じゃない。共和国を変える一冊を作ろうじゃないか」
私は新しいノートを開き、表紙へもう一行書き加えた。
『共和国再建計画 第一巻』
牢屋の中で始まった一冊のノートは、やがて共和国中へ広がる本の第一歩となろうとしていた。




