忘れられた夜
翌日。牢屋の中。
私は腕を組みながらルマルを見る。
「で?何があったの?」
ヘルムは大きくため息をついた。
「全部話す。ただし、最後まで黙って聞け」
私は素直に頷く。
「はい」
ヘルムは遠い目をしながら話し始めた。
「パブへ入って最初は普通だった。私と乾杯して……」
「ほれ、ビールだ」
「へぇー!」
私はジョッキを受け取る。
「ビールあるんだ!」
そう言えば、この世界に来て初めて飲むわね
一口飲む。
「くぅー!冷えたビール!美味しい!久々のこの感じ!」
私は満面の笑みを浮かべる。
「もう一杯!」
ヘルムが笑う。
「おいおい!飲み過ぎるなよ」
料理も運ばれてくる。
「ご飯も美味しい!つまみも最高!もう一杯!」
ラインとヴィルは顔を見合わせた。
「……少し飲むペースが早くありませんか?」
「気のせいでしょう」
そう答えた数分後だった。
店内の客がこちらを見ていた。
「あれ?あそこにいるの……政治家のベレじゃないか?」
「あの十五歳の議員?演説してた子だ!」
「あ、本当だ!」
一人の男性がジョッキを持って近付いてくる。
「議員さん!応援してるぞ!これは俺の奢りだ!」
私は笑顔で受け取った。
「ありがとうございます!」
「乾杯!」
店内から拍手が起こる。
「頑張れよ!共和国を頼む!」
嬉しくなって椅子へ立ち上がった。
「皆さーん!」
ヘルムが嫌な予感を覚える。
「……座れ」
私は聞いていない。
「ここにいる人で!選挙へ行かなかった人!手を挙げてー!」
店の奥から一人の男が手を挙げた。
「俺、行ってねぇ」
私は驚く。
「え?何で行かなかったの?」
男は頭をかく。
「俺一人くらい行かなくても変わらねぇかなって」
私は思わず机を叩いた。
「それは違う!」
店内が静まり返る。
「一人一人が行かなかったら!誰が国を変えるの!文句だけ言っても何も変わらない!まず投票!それが一番大事!」
店内は静まり返ったあと、大きな拍手に包まれた。
「その通りだ!次は絶対行く!約束する!」
「よし!」
私は満足そうに頷く。
その様子を見ていたヘルムは額を押さえる。
「……演説が始まっちまった」
ラインも苦笑した。
「完全に仕事モードですね」
ヴィルも笑いをこらえている。
その時だった。入口の扉が開く。
「おや?」
新聞記者のウス・ライだった。
店内の様子を見るなり、吹き出しそうになる。
「ぶっ……」
帽子で口元を隠しながら肩を震わせる。
「いやぁ……話題性には尽きませんなぁ」
ヘルムがため息をつく。
「笑い事じゃない……」
ウス・ライは手帳を取り出しながら笑う。
「政治家が酒場で即席演説とは、記事になるな」
私は首を傾げる。
「え?私、何か変なこと言った?」
ヘルムは静かに答えた。
「……そこまでは良かった。問題は、この後なんだ」
私はきょとんとしたまま首を傾げる。
「この後?」
ヘルムは深く息を吸った。
「そこからが、本当の悪夢の始まりだった」




