束の間の休息
数日後。党本部。机の上には書類の山。
財務資料。避難民への対応。物資不足。
私は朝から数字と睨めっこを続けていた。
「はぁ……」
思わず大きく息を吐く。その時だった。
ヘルムが書類を閉じながら笑った。
「ベレ。たまには外で飯でも食うか」
私は顔を上げる。
「大丈夫なんですか?」
ヘルムは頷く。
「街も大分落ち着いてきている。部屋に籠もって書類と睨めっこしてても気がまいるだろう?」
私は少し考えた後、笑顔になる。
「そうね。たまには、それも悪くないか」
ヘルムは立ち上がる。
「息抜きってやつだ……ただし」
急に真面目な顔になる。
「武装は解くなよ。はい」
ラインとヴィルも頷く。
「護衛はいつも通り付けます」
「なら、行きましょうか」
首都の繁華街。
戦争の影響はあるものの、人通りは少しずつ戻ってきていた。
露店も営業を再開し始めている。
子ども達の笑い声も聞こえる。
私は周囲を見渡した。
「思ったより、人は出ていますね」
ヘルムも安心したように頷く。
「皆、少しずつ日常を取り戻そうとしてるんだ」
しばらく歩くと、一軒の店の前でヘルムが立ち止まった。
木製の看板。
扉の向こうからは笑い声が聞こえてくる。
私は首を傾げた。
「ここは?」
ヘルムが扉を指差す。
「パブだ。酒だけじゃない。飯もうまいぞ」
私は店内を覗き込む。
「これがパブ……」
前世では知っていた言葉だったが、実際に入るのは初めてだった。
中へ入ると、想像以上に賑わっている。
仕事帰りらしい工員。商人。鉄道員。兵士。
様々な人達が食事をしながら談笑していた。
「まあまあ人がいるのね」
私は少し驚く。店主が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい!好きな席へどうぞ!」
一行は奥の席へ腰を下ろす。
注文を済ませると、店内の話し声が自然と耳へ入ってくる。
「ルー地方は本当に大丈夫なのか?」
「物価、また上がったらしいぞ」
「仕事は減ったけど、生きていくしかねぇ」
明るく笑っている人もいれば、不安そうな表情の人もいる。
私はその様子を静かに見つめていた。
ヘルムが私を見る。
「どうした?」
私は小さく笑う。
「議会では聞けない声ね。数字でも報告書でも分からない。これも現場なんだわ」
ヘルムは静かに頷いた。
「だから外へ出る意味がある。書類だけじゃ国は見えねぇ」
そこへ料理が運ばれてきた。
ヘルムがジョッキを持ち上げる。
「今日は仕事の話は半分までだ。残り半分は飯を楽しめ」
私は思わず笑ってしまう。
「そんな器用なことできます?」
「できるようになれ」
ヘルムは豪快に笑った。
その笑いにつられ、ラインやヴィルも小さく笑う。束の間ではあったが、その時間だけは戦争も政治も忘れられる、穏やかな夜だった。




