止まった試作品
翌日。党本部へ一通の封書が届いた。
差出人は商工会議所。私はすぐに封を開ける。
中には短い文書が入っていた。
ご連絡
現在の情勢を考慮し
・家庭用トースター試作計画
・農業機械試作計画
・「共和国製」ブランド会議
以上三件につきまして、一時中断といたします。
私は静かに紙を机へ置いた。
「……そう」
ルマルも隣で文書を読み、ため息をつく。
「仕方ありませんね。企業も今は生産どころではありません」
ヘルムも腕を組んだまま頷く。
「ルー地方があの状態じゃな。材料も人も集まらねぇ」
私は椅子へ腰を下ろした。
頭の中では、ここ数週間の出来事が浮かんでくる。工場視察。銀行。工業学校。ブランド構想。家庭用トースター。農業機械。
少しずつ前へ進み始めたと思った矢先だった。
私は苦笑する。
「はぁ〜上手くいかないわね」
部屋は静まり返る。
ラインが温かい紅茶を机へ置いた。
「お嬢様。落ち込まないでください」
私は首を横へ振る。
「落ち込んではいないわ。でも……」
窓の外を見る。
「平和だからこそ、産業は育つのね」
ルマルが静かに頷く。
「工場は安心して設備投資ができます。銀行も安心して融資できます。商人も安心して契約できます。全部、平和が前提なんです」
私はゆっくり頷いた。
「逆に戦争になれば……全部止まる」
「その通りです」
私は机の上に置かれた設計図へ手を伸ばした。
家庭用トースター。
農業機械。
どちらも、あと一歩というところまで来ていた。
紙を閉じながら、小さく呟く。
「今は待ちましょう」
ヘルムが意外そうな顔をする。
「諦めるのか?」
私は笑顔で首を横へ振った。
「いいえ。止めるんじゃない。待つだけ。平和が戻れば、また始めればいい」
ルマルも微笑む。
「その方が長続きします」
私は設計図を丁寧に封筒へ戻した。
「焦っても仕方ないもの。今できることを、一つずつやりましょう」
その時だった。
党本部の外から、子ども達の笑い声が聞こえてきた。
私は窓を開ける。
避難してきた子ども達が、狭い路地で木の枝を剣代わりに遊んでいた。
戦争の中でも笑顔はある。
その光景を見ながら、私は静かに決意する。
「だからこそ。この子達が大人になる頃には。安心して働ける国を作らないと」
止まった試作品は、決して終わったわけではない。それは、平和な未来へ向けて、再び動き出す日を静かに待っていた。




