難民
翌朝。党本部の窓から外を見ると、いつもより人通りが多かった。
荷物を抱えた家族。疲れ切った表情の男達。
泣き疲れた子ども。
ラインが窓際まで歩いてくる。
「お嬢様。どうやら、ルー地方から避難してきた方々のようです」
私は思わず立ち上がった。
「もう?」
昨日、新聞で占領の記事を見たばかりだ。
あまりにも早すぎる。
党本部の外へ出ると、一人の男性が壁にもたれ込むように座っていた。
服は煤で黒く汚れ、顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
私は静かに声を掛けた。
「ルー地方からですか?」
男は小さく頷いた。
「ああ……昨日まで工場で働いていた」
しばらく沈黙した後、小さな声で続ける。
「工場が……爆撃されたって聞いた」
私は言葉を失う。
あの工場。つい先日まで歩いていた場所。
職人達と話し、未来を語った場所。
胸の奥が締め付けられる。
「皆さんは……」
男は首を横へ振った。
「分からない。逃げるので精一杯だった」
私は静かに頭を下げた。
「話してくださって、ありがとうございました」
党本部へ戻る途中、私は考え込んでいた。
「おかしい……」
ルマルが振り向く。
「何がです?」
「政府から、まだ何の発表もない。避難民はもう首都へ来ているのに」
ラインも頷く。
「私も気になっていました」
私は机の上の電話へ目を向けた。
「政府へ問い合わせは?」
ヴィルが答える。
「何度か連絡しました。ですが、正式な回答はありません。担当者も『確認中』の一点張りです」
私は腕を組んだ。
「そんなはずない。避難民がこれだけ来ているのに……」
部屋の空気が重くなる。
その時だった。玄関の扉が開く。
ヘルムだった。
後ろには数人の部下がおり、大きな木箱を何箱も運び込んでくる。
ドンッ。ドンッ。
重そうな音が部屋へ響く。
ラインとヴィルの表情が一変した。
「運び込んでください!急いで!」
二人は手際よく木箱を運び、保管場所へ移し始める。
私はヘルムを見る。
「これは……?」
ヘルムは短く答えた。
「備えだ」
表情はいつもの軽口を叩く時とは違い、真剣そのものだった。部屋へ静かな緊張が走る。
ラインとヴィルも黙ったまま準備を進めている。
ヘルムは木箱の一つから小さな包みを取り出した。そして私の前へ差し出す。
「お前の分だ」
私は思わず固まる。
「……え?」
ヘルムは何も言わない。
ただ真っ直ぐ私を見ている。
部屋の空気は重く、とても「要りません」と言える雰囲気ではなかった。
私はゆっくりと受け取る。
掌に伝わる重み。それは、今まで感じたことのない種類の重さだった。
ヘルムは静かに言う。
「使わないで済むなら、それが一番いい。だからこその備えだ」
私は小さく頷いた。
「……はい」
窓の外では、避難民を乗せた荷馬車が次々と首都へ入ってくる。
数日前まで未来を語っていた共和国は、再び戦争の影へ飲み込まれようとしていた。




