緊急会議
党本部。
ウス・ライが持ち込んだ新聞を囲み、部屋には重苦しい空気が流れていた。
机の上には共和国全土の地図が広げられる。
ヘルムは赤鉛筆を取り、ルー地方へ印を付けた。
「まずいな……」
私は地図を見つめる。
「そんなに重要なんですか?」
ヘルムはゆっくり頷いた。
「重要どころじゃねぇ」
赤線を一本引く。
「ここが製鉄所」
さらに印を付ける。
「ここが機械工場」
別の場所を指す。
「鉄道の集積地」
そして最後に。
「炭鉱」
私は言葉を失った。
ヘルムは続ける。
「鉄が止まれば工場が止まる。工場が止まれば機械が作れねぇ。石炭が止まれば蒸気機関も発電も止まる。鉄道が止まれば物流も止まる」
部屋は静まり返る。
私は地図から目を離せなかった。
「軍事だけの問題じゃない……」
ルマルも静かに頷く。
「ええ。共和国の経済そのものが止まります」
私は小さく息を呑む。
つい数日前まで歩いていた工場。
技術者達。ブランド構想。工業学校。
農業機械。その全てが、一瞬で危機にさらされている。
私は思わず呟いた。
「そんな……」
その時、ふと疑問が浮かぶ。
「でも、おかしい」
全員の視線が私へ集まる。
「何故、政府から連絡が来ないの?新聞の方が早いなんて……それとも政府は、もう知っていた?」
誰もすぐには答えられなかった。
重い沈黙が流れる。
ヘルムが帽子を手に取る。
「俺は秘密基地へ行く」
「え?」
私は驚いて立ち上がる。
「何をするんですか?」
ヘルムは短く答えた。
「備えだ。状況がまだはっきりしない以上、最悪も考えておく」
そう言うと、扉へ向かう。
私は慌てて呼び止めた。
「待ってください!まだ何も決まったわけじゃ……」
ヘルムは振り返る。
その表情から笑みは消えていた。
「ベレ。お前は、あの時の混乱を知らない」
その一言に、部屋の空気がさらに張り詰める。
「情報が錯綜する時ほど、人は冷静さを失う。だから備える」
私は何も言い返せなかった。
ヘルムはラインとヴィルへ視線を向ける。
「ライン」
「ヴィル」
「はい」
「護衛隊を招集しろ!各議員の警備体制も見直す。必要な人員配置を急げ」
二人はすぐに頷いた。
「了解しました」
ヘルムは最後に私を見る。
「これは臆病だからやるんじゃない。何も起きなければ、それが一番いい。だが、何か起きてからでは遅い」
私は静かに頷いた。
「……分かりました」
ヘルムは足早に部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送りながら、私は改めて新聞を見つめた。
ルー地方。
そこは共和国の工業の心臓部だった。
もし本当に失えば、失うのは土地だけではない。
人も。産業も。そして、共和国の未来までも揺らぐことになる。
部屋の窓から見える空は、どこまでも静かだった。
しかし、その静けさとは裏腹に、共和国は新たな危機の入り口へ立とうとしていた。




