銀行という壁
翌日。
ルマルに案内され、私は共和国中央銀行ではなく、ルー地方でも有数の民間銀行を訪れていた。
重厚な石造りの建物。立派な外観とは裏腹に、中の空気はどこか重苦しい。
銀行長が応接室へ案内してくれる。
「ヴィーダーベレ議員、本日はようこそ」
私は頭を下げた。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
簡単な挨拶を終えると、私は早速本題へ入る。
「昨日、工場主の皆さんとお話ししました。皆さん口を揃えて、銀行がお金を貸してくれないとおっしゃっていました」
銀行長は困ったように笑う。
「その通りです。ですが、貸したくないわけではありません」
私は首を傾げる。
「では、なぜですか?」
銀行長は机の上に一枚の紙を置いた。
「例えば、今日一万マルクを貸したとします。半年後に返済してもらう頃には、その一万マルクで買える物が半分、あるいは十分の一になっているかもしれません」
私は静かに紙を見つめる。
「つまり……」
ルマルが後を引き取った。
「銀行は、お金を貸すほど損をする可能性があるということです」
私は驚いた。
「貸すだけで?」
ルマルは頷く。
「はい。本来、銀行は利息で利益を得ます。しかし、ハイパーインフレでは利息以上に貨幣の価値が下がることがあります」
銀行長も苦笑する。
「返してもらっても、紙切れ同然では商売になりません」
私はしばらく考え込んだ。
「だから工場へも融資できない……」
「はい。工場が悪いわけではありません。銀行も悪いわけではありません。今の経済が異常なのです」
部屋は静まり返る。
ルマルが机に置かれた鉛筆を一本手に取る。
「例え話をしましょう。この鉛筆が今日百マルクだったとします」
私は頷く。
「はい。銀行は百マルクを貸しました。ところが一年後、この鉛筆は千マルクになっていました」
私はすぐに理解した。
「返済された百数十マルクでは、もう鉛筆も買えない……」
「その通りです」
ルマルは静かに笑った。
「だから銀行は貸さなくなります。貸さないから工場は設備投資ができません。設備投資ができないから生産が増えません。生産が増えないから物不足になり、さらに物価が上がる」
私は思わず呟いた。
「悪循環……」
銀行長が深く頷く。
「まさに、その一言です」
帰り道。
銀行を出た私は空を見上げた。
昨日は工場。今日は銀行。
どちらも苦しんでいた。
私はルマルへ尋ねる。
「昨日は労働者も経営者も被害者だと分かった。今日は銀行も被害者なのね」
ルマルは穏やかに微笑む。
「ええ。ハイパーインフレは、一部の人だけを苦しめるものではありません。社会全体を少しずつ壊していきます」
私はゆっくり頷いた。
「だから……最初に止めなければいけないのは、インフレそのもの」
ルマルは満足そうに笑う。
「そこまで見えたなら、大きな前進です」
私は銀行の建物を振り返る。
労働者。工場。銀行。
それぞれ立場は違う。
しかし苦しみの原因は、同じ場所へつながっていた。
「ようやく見えてきた。共和国が立ち直るための、本当の最初の一歩が」




