工場主の悩み
ルー地方。
工場の視察を終えた私は、商工会議所の一室へ案内された。
そこには十数名の工場主が集まっていた。
鉄鋼。機械。工具。繊維。
様々な業種の経営者達である。
私は席へ着くと頭を下げた。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
年配の工場主が笑う。
「議員さんが工場を見るなんて珍しい。しかも十五歳とはな」
場が少し和らぐ。
私は単刀直入に尋ねた。
「皆さんが一番困っていることは何ですか?」
すると、一人の工場主がすぐに口を開いた。
「原材料ですよ。昨日まで千だった鉄が、今日は千五百。見積書を書いても翌日には赤字です」
別の工場主も続く。
「銀行も金を貸してくれん」
ルマルが尋ねる。
「理由は?」
「返してもらう頃には紙切れだからだそうだ」
部屋から苦笑が漏れる。
「貸す方も怖いんですよ。今は誰も未来の値段が分からない」
さらに別の工場主が大きくため息をつく。
「契約もできん。半年後に納品なんて約束したら終わりだ。材料費がどうなるか分からないからな」
私は手帳へ書き込んでいく。
『インフレで長期契約不可』
『銀行融資停止』
『原材料価格の高騰』
すると、若い工場主が静かに話し始めた。
「それだけじゃありません。熟練工が足りないんです。戦争で亡くなった者も多い。帰ってきても怪我で働けない者もいます。技術を教える人も減りました」
私は工場で見た光景を思い出した。
確かに若い職人は多い。
しかし、その横で指導する年配職人は少なかった。
私は静かに尋ねる。
「皆さんは、給料を上げたくありませんか?」
工場主達は顔を見合わせた。
そして一人が苦笑する。
「上げたいですよ。誰だって上げたい。でも上げても、翌月には物価が追い越す。会社も苦しい。従業員も苦しい」
部屋が静まり返る。
私はその言葉を聞きながら、工場見学の時に会った労働者達の顔を思い浮かべていた。
低賃金。長時間労働。生活苦。
しかし今、目の前にいる工場主達もまた疲れ切った表情をしている。
私は小さく呟いた。
「そうだったのね……」
皆が私を見る。
「労働者も経営者も敵じゃない」
私はゆっくりと言葉を続けた。
「二人とも、インフレの被害者なんですね」
部屋は静まり返る。
年配の工場主が静かに笑った。
「その言葉を言ってくれた政治家は初めてだ。今までは、どちらかの味方しかしなかった。でも本当は違う。皆、苦しいんです」
ルマルも頷く。
「経済が壊れれば、誰も得をしません」
私は立ち上がり、深く一礼した。
「今日は本当に勉強になりました。現場を見るだけでは分からないことも、たくさんあります」
帰り道。
工場の煙突から立ち上る煙を見上げながら、私は静かに歩いていた。
「ルマルさん」
「はい」
「国を立て直すには、労働者だけでも経営者だけでも駄目なのね」
ルマルは穏やかに微笑む。
「ええ。両方が元気になって初めて、国も元気になります」
私は大きく頷いた。
「少しずつ見えてきたわ。共和国が本当に必要としているものが」




