現場を歩く議員
数日後。
私は医師出身の議員と共に、首都近郊の総合病院を訪れていた。
手元には、厚い資料がある。
医療局から届いた回答書。
そこには、はっきりと書かれていた。
『医師数は充足している』
私は病院長へ尋ねる。
「資料では、医師は足りていることになっていますが」
病院長は苦笑した。
「数字だけなら、そうですね」
その言葉に違和感を覚えた。
院内を案内してもらう。
診察室。待合室。病棟。
歩けば歩くほど、現実が見えてきた。
診察を待つ患者で廊下まで人があふれている。
看護師は慌ただしく走り回り、休む暇もない。
「看護師さんは何人いらっしゃるんですか?」
「本来なら六十名必要です。でも今は三十八名です」
私は思わず手帳へ書き込んだ。
さらに薬品庫を見せてもらう。
棚には空いた場所が目立つ。
「抗生剤がありません。消毒薬も不足しています。包帯も節約しながら使っています」
医師出身の議員が顔を曇らせる。
「ここまでとは……」
最後に病棟を見て回る。
天井には雨漏りの跡。
窓枠は傷み、隙間風が入ってくる。
壁にもひび割れが走っていた。
私は静かに呟く。
「建物も限界ね」
病院長は申し訳なさそうに頭を下げる。
「修理したいのですが、予算が……」
私は資料へ目を落とした。
そこには。
『病院設備に問題なし』
そう記されている。
私は小さく息を吐いた。
「……またね」
病院長が首を傾げる。
「え?」
私は苦笑する。
「数字と現場が違う。学校もそうでした。病院も同じです」
医師出身の議員も頷いた。
「統計だけでは見えませんね」
私は病院を出ると、同行していた党職員へ声を掛けた。
「皆へ連絡してください」
「はい」
「各議員へ伝えて」
私は振り返り、病院を見つめる。
「現場を、よく見てください。書類だけで判断しないように、と」
職員は力強く頷いた。
「分かりました」
その日の夕方。
党本部では各議員へ同じ伝言が送られた。
『数字を信じるな、現場を見よ』
教育。医療。商業。農業。国防。
どの分野も、机の上の資料だけでは分からない。私は窓の外を眺めながら静かに呟く。
「数字は大切でも……数字だけでは、人の暮らしは見えてこない」
ルマルが隣で微笑む。
「だから政治家は歩くんですね」
私は笑顔で頷いた。
「ええ。現場を知らない政策は、現場を救えませんから」




