初めて動いた議会
数日後。
共和国議会、財政委員会。
今日の議題は、シュタール労働者党が提出した提言だった。
『財政資料の定期公開について』
委員長が議場を見渡す。
「それでは審議を始めます」
私は静かに席へ座っていた。
今回は質問ではない。
議会がどう判断するかを見届ける番だった。
最初に立ち上がったのは、与党の中堅議員だった。
「私は、この提言すべてに賛成するものではありません」
会場が静まり返る。
「しかし情報公開そのものに反対するつもりもありません」
その一言で議場が少しざわつく。
別の与党議員が口を開く。
「国民の不安を減らす意味では、一定の公開は必要でしょう」
すぐに反対意見も出る。
「公開し過ぎれば市場が混乱します。機密まで公開する必要はありません」
議論は一時間以上続いた。
私は黙って資料へ目を落としていた。
やがて委員長が木槌を叩く。
「それでは採決します」
静寂が流れる。
結果は――。
紙幣発行量。国債残高。財政概要。
この三項目については、定期的に公表する方向で検討することが決まった。
一方で、内部資料や各省の詳細資料については継続審議となった。
私は小さく息を吐く。
「全部ではない……」
隣のルマルが微笑む。
「十分ですよ。最初から全部通る方が珍しい」
ヘルムも腕を組みながら笑う。
「そうだ。政治ってのは、一歩ずつ前へ進むもんだ」
私は頷いた。
「ええ。一歩でも前へ進めたなら、それで十分です」
委員会が終わると、先日話しかけてきた与党のベテラン議員が近寄ってきた。
「ヴィーダーベレ議員」
「はい」
「君の提言は悪くない」
私は少し驚く。
「ありがとうございます」
議員は苦笑した。
「全部を公開するのは難しい。だが、国民へ説明する努力は必要だ。その点は私も同意見だ」
私は深く一礼する。
「そう言っていただけるだけで十分です」
議員は静かに頷き、その場を後にした。
そのやり取りを遠くから見ていたウス・ライは、思わず笑みを浮かべる。
「面白い。野党の提言が、一部とはいえ動いたか」
手帳を開き、見出しを書き込む。
『十五歳の提言、議会を一歩動かす』
さらにペンを走らせる。
「大改革ではない。しかし、共和国議会は初めて”情報公開”という一歩を踏み出した。小さな一歩かもしれない。だが、その一歩が未来を変えることもある」
記事を書き終えたウス・ライは窓の外を眺める。
共和国の政治は、少しだけ動き始めていた。
そして私は、議事堂の階段を下りながら静かに呟く。
「焦らなくていい一歩ずつ。積み重ねていきましょう」




